旅・いろいろ地球人
暖をとる
- (5)屋根裏の暖炉 2010年1月13日刊行
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山中由里子(民族文化研究部准教授)
暖炉で薪を焼べるヨーロッパでは、まだ暖炉と煙突が残っている建物が少なくない。留学先のパリで住んでいたアパルトマンは、30平方メートルにも満たない屋根裏のシャンブル・ド・ボンヌ(お手伝いさんの部屋)であったが、大鏡を戴(いただ)いた暖炉が、まるで祭壇のように鎮座し、神妙な雰囲気をかもし出していた。
光の都パリといえども、真冬の鉛色の空の下、屋根裏の一人暮らしは侘(わ)びしい。頼りない電気ストーブをフル稼働させても常にうすら寒かった。暖炉の使用は消防法で禁止されているという話も聞いていたが、大家は使えるはずだというし、近所のガソリンスタンドで薪(まき)を買って焼(く)べてみた。
普段は異界への入り口のような黒い空虚に、明るい炎が一晩踊った。腰折れ屋根で天井が傾斜した小さな部屋は、隅々まで暖かくなった。これなら冬の憂いも晴れよう。
しかし、薪の束をかかえて、エレベーターなしの7階まで螺旋(らせん)階段をぐるぐると登らなければならないという現実は厳しかった。甘い幻想の火を夜毎(よごと)に煽(あお)る気力が長続きするわけがない。
結局、2年の間に、暖炉に火を入れたのは一、二度だけだった。シリーズの他のコラムを読む
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