国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

開発援助の人類学的評価法

共同研究 代表者  鈴木紀

研究プロジェクト一覧

目的

本研究の目的は、第一に日本のODA政策やNGOによる開発援助活動を推進するために必要な人類学の役割を検討すること、第二にその検討結果を開発援助活動に導入するための方法や制度を考案、提言することにある。

本研究の特色は開発援助活動に対する応用人類学的研究という点にあり、研究成果の提供先として人類学研究者だけでなく、援助実務者を想定している点にある。人類学者がこうした応用研究を行うことには二つの意義がある。第一に、専門外の者に対する学問の説明責任を自らに課すことで、人類学的知識の特徴を省察し、再確認できる点である。第二に、開発援助という社会的課題に対する知的貢献を行うことにより人類学の社会的有用性を一般に広くアピールできる点である。

 

研究成果

本研究は3年半にわたり、計16回の研究会を開催し、のべ34人が研究発表をおこなった。研究会のメンバーに国際協力機構や国際協力銀行などの援助実施機関の職員を加え、招聘講師の形でもこれら実施機関の職員や開発コンサルタントを頻繁に招いて、研究に実務者の視点を取り込むよう努めた。また国立民族学博物館が実施した開発協力に関する国際ワークショップにも研究会として参加し、欧米諸国におけるに開発援助活動への人類学者の貢献について学んだ。その結果あきらかになったのは次の点である。

第一の研究目的(開発援助活動を推進するために必要な人類学の役割)については、以下の4点が確認された。1)人類学が開発援助活動に貢献するための基本は、開発途上国の住民(援助の受益者)が援助活動をどのように理解し、それに対してどのように行動するかを調査分析することである、2)分析に際しては全体論的視点を意識し、単一の因果関係に終始せず、多様な因果関係を検討することが望ましい、3)受益者の行動を理解する際に特に重要なのは、開発援助プロジェクトの受益者側リーダーシップの構築プロセスに着目する、4)研究の基本は、各人類学者が専門的に研究してきた地域、文化を対象におこなわれる開発援助活動の記述、分析であるが、特定開発セクターに関する通文化的比較を試みることも必要である。

第二の研究目的(人類学の研究成果を開発援助活動に導入するための方法)については、以下の3点が確認された。1)開発援助実施機関は現在、プロジェクト評価を重視しているため、人類学者も何らかの形で評価を語ることが、両者の対話を促進させるために有効である、2)そのためには既存のプロジェクト評価手法(PCM手法など)に精通し、それを批判的に理解するだけでなく、人類学者の研究成果を導入することでどのように改善できるかを示すことが必要である、3)人類学者と開発援助実務者が相互に信頼関係を築くためには、人類学者の側が自らの概念や用語を実務者の概念や用語と対応させて表現する工夫が必要である。

上記の議論と並行して研究会では、メキシコ、ソロモン諸島、フィジー、フィリピン、バヌアツ、ミャンマーなどで行われた開発援助プロジェクトに対する人類学的評価を検討した。

2007年度

研究成果とりまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 岸上伸啓、関雄二、林勲男
【館外研究員】 青木澄夫、荒木美奈子、佐藤寛、鈴木紀、関根久雄、鷹木恵子、田中清文、橋本和也、水野正己、柳原透
研究会
2008年3月1日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館4階 第1演習室)
「開発援助プロジェクトの人類学的評価法:PCMと民族誌調査の補完的利用」(鈴木紀)
「JICAの終了時評価と文化人類学の役割:医療協力プロジェクトとヴァヌアツを対象としたプロジェクトの事例より」(白川千尋)
2008年3月2日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館4階 第1演習室)
「援助評価の人類学」(関根久雄)
2008年3月16日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
「「援助の記憶」への視点:開発援助評価における文化人類学の役割」(橋本和也)
「開発援助プロジェクト評価とフィールド科学研究者」(宇田川拓雄)
「バングラデシュ参加型農村開発プロジェクトの中間評価報告」(佐藤寛)
研究成果

1年間の延長が認められたため、本年度が3年半の共同研究会の最終年度となった。そのため年度中は研究メンバー各自が研究成果のとりまとめにあたった。年度末の3月に研究会を2回開催して、主たる研究会メンバーおよび共通の関心をもつ研究者が個別発表をおこなった。

第1回研究会では、まず鈴木が標準的な開発援助プロジェクト評価法であるPCM(プロジェクト・サイクル・マネージメント)の特徴を批判的に検討し、その限界を補う目的で民族誌的なプロジェクト評価を行う必要性を論じた。白川は国際協力機構の作成した医療協力分野のプロジェクト終了時評価報告書をレビューし、評価手法や評価内容の特徴を指摘した。関根はソロモン諸島で活動する日本のNGOをとりあげ、現地の文化理解にねざした文化的評価項目の活用を提言した。角田は滞在中のアメリカから論文を寄稿して間接的に参加した。論文では灌漑プロジェクトの水利組合活動を評価する基準を論じ、それにもとづいてフィリピン、ボホール州の事例を、民族誌的記述を参照しながら、評価した。

第2回研究会において、橋本は、国際協力事業団(国際協力機構の前身)がフィジーで実施したプロジェクトを事例に、公式の評価と現地の被援助者の評価は必ずしも一致しないことを指摘し、後者の意義を強調した。宇田川(招聘講師)は国際協力機構の評価制度を検討し、とくに外部有識者に委託している2次評価について問題点を指摘した。佐藤は国際協力機構がバングラデシュで実施しているPRDPと自身の関わりを振り返りつつ、地域研究者が自身の研究対象地域外でおこなわれる開発プロジェクトを評価する際におこないうる貢献を検討した。

2006年度

本年度は研究3年目にあたり、研究成果のとりまとめをおこなう。昨年度は開発援助プロジェクトの標準的な評価方法であるPCM手法に着目したが、本年度はPCM手法を中心としつつも、その他の評価方法も考慮する。各メンバーは、研究対象の開発援助プロジェクトに対するPCM等をもちいた評価文書やモニタリング結果を参照し、自身の参与観察データと比較して、その妥当性を再評価する。不十分な点については、それがPCM等の評価方法の限界なのか、単に評価プロセス上の不備なのかを検討する。またこうした問題点の指摘にとどまらず、現行の評価枠組みを前提に評価方法の改善案を提言する。共同研究会では、こうした各メンバーの成果報告を検討し、研究会としての見解をまとめる。また今後の人類学的な開発研究に対する課題を整理し、研究発展の方向性を確認する。

【館内研究員】 岸上伸啓、白川千尋、関雄二、林勲男
【館外研究員】 青木澄夫、荒木美奈子、石井正子、市口知英、伊藤幸代、角田宇子、佐藤寛、鈴木紀、関根久雄、鷹木恵子、田中清文、橋本和也、水野正己、宮内泰介、柳原透
研究会
2006年6月17日(土)13:00~(第3演習室)
1)評価の人類学展望
2)メキシコ農業開発プロジェクト(鈴木紀)
白川千尋「医療協力プロジェクトと文化人類学-人類学的評価法構築の前提に関する省察」
2006年6月18日(日)10:00~(第3演習室)
角田宇子「フィリピン・ボホール州灌漑プロジェクト水利組合の組織開発ー介入とその成果」
鈴木紀「研究打ち合わせ」
2006年10月21日(土)13:00~(大阪国際会議場)
一般公開シンポジウム「実践としての文化人類学-国際開発協力と防災への応用-」に研究会として参加
2006年10月22日(日)10:00~(第1演習室)
鷹木恵子「マグリブ三国におけるマイクロクレジット・プログラムの人類学的評価」
宇田川拓雄「自然村を基盤とした住民ニーズと行政サービスの連結モデルの特徴-バングラディシュ参加型農村開発プロジェクトの"リンクモデル"」
2006年11月23日(木)10:30~ / 24日(金)10:00~(第4セミナー室)
国際シンポジウム「ノルウェーの開発協力:ベルゲン大学、クリスチャン・マイケルセン研究所、NGO」への参加
2006年12月9日(土)13:00~(第2演習室)
橋本和也「開発援助プロジェクトの評価方法に関する文化人類学的研究 ─ フィジーにおける事例から」
佐藤寛「ローカルコンサルタントは『人々の声』を拾い上げられるのか? ─ 援助機関の「共有文化」のバイアスを巡って」
2006年12月10日(日)10:00~(第2演習室)
水野正己「農村開発の現実-スリランカ・マハヴェリ河灌漑開発計画事後評価調査の経験から」
2007年2月17日(土)13:00~(第2演習室)
菅原鈴香「人類学的調査とプロジェクト運営・管理:研究と実務はいかにつなげられるか、またべきか―ベトナムでの経験より」
荒木美奈子「地域開発のプロセスとダイナミズムをどう捉えるのか? ─ タンザニアの地域開発の事例から」
2007年2月18日(日)10:00~(第2演習室)
塩田光喜「トリックスター・エコツーリズム・デベロップメント:ニューギニア高地村落における開発実践」
研究成果

今年度は最終年度にあたり、共同研究会メンバーの個別研究発表を中心に研究会を行った。まず鈴木が実践人類学の新領域としての「評価の人類学」の問題意識を紹介し、人類学者が評価事業に貢献するためには、人類学の理論・方法論に関わる諸概念を、評価関係者(開発援助プロジェクト管理者)の語彙に翻訳する必要があることを提示した。

研究会メンバーの個別報告では、白川がミャンマーにおけるマラリア対策、角田がフィリピンにおける水利組合運営、鷹木がマグリブ諸国のマイクロクレジット、橋本がフィジーにおけるODA諸案件、佐藤がイエメンにおけるローカル開発コンサルタントの役割、水野がプロジェクト評価方法としてのKJ法の再評価、荒木がタンザニアで試みた農村開発のプロセス記述について、それぞれ研究成果を発表した。

その他、類似の研究関心をもつ研究者との意見交換、一般向けシンポジウムでの啓蒙的活動、外国人研究者との討論などを通じ、開発援助プロジェクトの評価方法に対する人類学的視点の継続的検討、深化、普及に努めた。

2005年度

【館内研究員】 石井正子、岸上伸啓、白川千尋、関雄二、林勲男
【館外研究員】 青木澄夫、荒木美奈子、市口知英、上田直子、角田宇子、佐藤寛、関根久雄、鷹木恵子、田中清文、橋本和也、水野正己、宮内泰介、柳原透
研究会
2005年4月9日(土)13:00~ / 10日(日)10:00~(第3演習室)
石田洋子「PCM手法を用いた事業評価の手法・手順」
縄田浩志「プロジェクト・リーダーとしての人類学者:ノルウェーベルゲン大学における学際的スーダン研究と開発」
2005年6月18日(土)13:00~(第1演習室)
三輪徳子「JICA事業評価の現状と課題」
2005年6月19日(日)(第3回国際開発援助ワークショップに参加)
西本玲「JICAプロジェクト評価の実例」
Laurel Bossen「中国農村部における土地統制と人口のコントロール」
2005年10月15日(土)13:00~(第1演習室)
小泉幸弘「インフラ分野における援助の評価について ─ カンボジアを事例として ─」
小泉高子「教育分野における援助の評価について ─ フィリピン理数科教育を事例として ─」
宇田川拓雄「評価の評価の評価の試み ─ 『JICA事業評価年次報告書2004』を読んで ─」
2005年11月12日(土)10:00~ / 13日(日)10:00~(第4セミナー室)
第4回国際開発援助ワークショップ」に共同研究会として参加
2006年2月18日(土)13:00~(第1セミナー室)
高砂大「メキシコ、チアパス州ソコヌスコ地域小規模生産者支援計画の評価について」
荒木美奈子「大学による技術協力:タンザニアのプロジェクトを事例として」
2006年2月19日(日)10:00~(第1セミナー室)
鈴木紀「研究打ち合わせ」
研究成果

今年度の成果は主に次の2点である。第1に、国際協力機構(JICA)が開発援助プロジェクトの企画、実施、評価の標準的なツールとして用いているPCM(プロジェクト・サイクル・マネージメント)手法について学び、その実際の運用について知見を深めた点である。また国際協力機構内部で行われている評価の二次評価研究の結果を紹介してもらい、同機構の評価に対する問題意識を学ぶこともできた。これらにより開発の現場における評価手法改善のニーズを把握することができ、研究会として人類学的な評価法を構想するための手がかりを得た。第2に、大学等の研究組織が国際協力を行う際の可能性と課題を議論できた。地道な地域研究の蓄積が有効な開発実践の土台となることが再確認されたが、協力活動が学術的業績につながるためには十分な組織的対応が必要であることも明らかになった。

共同研究会に関連した公表実績
<出版>
『民博通信』112号(2006年3月31日発行)の特集「フィールドとしての開発援助」を鈴木紀が責任編集。共同研究員3名の報告を掲載
鈴木紀「開発人類学の挑戦」2-3頁。
関根久雄「つなぐ-開発実践における人類学者の役割」4-7頁
角田宇子「日本の開発援助実務者と人類学者の「距離」について」8-11頁
鈴木紀「リーディングガイド」16-17頁。
<学会分科会>
第39回日本文化人類学会(北海道大学)2005年5月21日
分科会「援助実践の人類学-その距離感の模索」にて本共同研究会メンバー4名が発表。
 
報告1 援助実践と人類学の距離―総論と問題提起(関根久雄)
報告2 開発援助実務者の文法(鈴木紀)
報告3 開発人類学者の作法―社会調査をめぐって(佐藤寛)
報告4 JICA短期専門家・調査団員としての業務経験から―開発援助実務者と人類学者の「距離」はどこから来るのか?(角田宇子)

<公開シンポジウム>
1)国立民族学博物館第3回国際開発援助ワークショップ(2005年6月19日)に共同研究会として参加し、討議に加わった。
2)国立民族学博物館第4回国際開発援助ワークショップ(2005年11月12日、13日)に共同研究会として参加し、コメンテーター(鈴木紀、佐藤寛)、座長(岸上伸啓、角田宇子、水野正己、白川千尋、関根久雄)、総合討論司会(鈴木紀)などの役割を果たした。

2004年度

【館内研究員】 石井正子、岸上伸啓、関雄二、林勲男
【館外研究員】 青木澄夫、市口知英、上田直子、角田宇子、佐藤寛、白川千尋、関根久雄、田中清文、橋本和也、水野正己、宮内泰介、柳原透
研究会
2004年10月16日(土)13:30~(第1演習室)
鈴木紀「開発援助に対する人類学の役割」
2004年10月17日(日)10:00~(第1演習室)
関根久雄「「開発とリーダーシップ」研究から実践の人類学へ」
2004年11月6日(土)10:00~ / 7日(日)10:00~(第4演習室)
全員討論「開発援助における社会諸科学の役割:デンマーク、スウェーデン、日本の場合」
2004年12月11日(土)13:00~(第2演習室)
鈴木紀「第2回研究会(国際ワークショップ)を振り返って」
橋本和也「観光開発と地域振興」
2005年2月19日(土)13:00~(第1演習室)
鈴木紀「開発人類学の課題整理」
田中清文「開発コンサルタントと人類学」
2005年2月20日(日)(第1演習室)
鈴木紀「研究打ち合わせ」
Laurel Bossen「開発とジェンダー:理論の流れと争点」
研究成果

研究会での発表と討論を通じて、以下の点が明らかになった。人類学に特徴的な開発援助プロジェクト評価の視点として重要なのは、1)評価視点の多元性(所得、社会的平等、資源利用の持続可能性、受益者の主体性)、2)開発援助プロジェクトの受益者側リーダーシップ構築過程の検証、3)援助供与者と受益者間関係を媒介するミドルマンの役割評価、など点である。

またこうした人類学的な視点を開発援助活動に積極的に導入するためには、次の点が重要であることが確認された。1)開発政策策定者に途上国の開発問題に関する基礎的な調査研究の必要性を強く認識させる、2)そのためには研究者は、所属研究機関において実践的な研究をおこなう研究協力体制を整備することが必要である、3)さらに研究者は開発問題の的確な分析を積極的に公表し、国民世論に調査研究の重要性を喚起することが望ましい、4)日本の開発援助実務の現場では、人類学者の有する途上国民に関する情報は待望されているが、人類学者は必ずしも現場の事情を理解していない。開発実務者との対話を促進し、実務者のニーズを理解する必要がある。

共同研究会に関連した公表実績
1)公開シンポジウムへの参加
平成16年11月6、7日「開発援助における社会諸科学の役割:デンマーク、スウェーデン、日本の場合」第1回国際開発援助ワークショップ(国立民族学博物館主催)に研究会として参加し、日本の事例発表(佐藤寛)、分科会座長(関根久雄、角田宇子、岸上伸啓)、総合討論司会と総括(鈴木紀)などの役割を果たした。
平成17年2月20日「開発とジェンダー:理論の流れと争点」第2回国際開発援助ワークショップ(国立民族学博物館主催)に研究会として参加し、議論に加わった。
1)学会分科会
第39回研究大会(2005年5月開催)に、共同研究会のメンバー4人(鈴木・関根・角田・佐藤)を含む分科会を企画準備中。