旅・いろいろ地球人
風を求めて
- (6)国境の向こうから 2012年8月16日刊行
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菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)
遺跡の向こうに国境を望む=レバノン南部のスールで、筆者撮影今年2月、レバノンでの調査中、南部の都市スールまで足を延ばしたときのことである。
スールに着いたとき、すでに日は傾きかけていた。海に面したローマ時代の遺跡に立つと、南の方角へ、視界がぐっと開ける。波の音を聞きながら、静かに輝く海と稜線(りょうせん)を眺めているうちに、目の前の情景とはうらはらな激しい感情が、突如あふれだしてきた。
稜線の向こうは私の長年の調査地、イスラエル北部のガリラヤ地方である。ユダヤ人国家イスラエルに属すとはいえ、ガリラヤ地方のおもな住民たちは、アラブ人のムスリムやキリスト教徒である。歴史的にも文化的にも極めて緊密な関係にあったレバノン南部とガリラヤ地方であるが、80年代以来両国の国境は閉じられ、断絶状態にある。国境から4キロメートルほどの調査地の村を、もちろんここから訪ねることはかなわないし、村人たちがこちら側に来ることもできない。敵対する2国間を、1冊のパスポートで行き来することは、ほとんど不可能に等しい。
人とモノの交流は途絶えても、風だけは山を渡り、国境を越えることができる。今吹きすぎてゆく風は、友人たちの元もとから流れてきたのかもしれない。そう思うと、風すらいとおしく思えてならなかった。
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