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広瀬浩二郎『テリヤキ通信』 ─ 「ユニバーサル・ミュージアム」って何だろう(2)

広瀬浩二郎『テリヤキ通信』

「ユニバーサル・ミュージアム」って何だろう(2)
 スミソニアンに引き続いてニューヨーク周辺の博物館、美術館の「触る」取り組みについていくつかご紹介しよう。
 ニューヨークの美術館といえば、なんといってもアメリカ最大の規模を誇る「メトロポリタン美術館」。1870年に創設されたこの美術館、とにかくでかい。身体や食べ物などすべてがビッグなアメリカ人にとっても、メトロポリタンはヒュージ(巨大)らしい。館内外には「芸術」を志す若者(じゃない不思議な人もいる)が世界中から集まっており、そんな人々を観察するのも収蔵品を楽しむのとは別のおもしろさがある。
 さて、そのヒュージな美術館で、昨年から不定期に視覚障害者を対象とした「ワークショップ」が開かれている。スミソニアン同様アメリカを代表する美術館ということで、メトロポリタンでも障害者サービスについてそれなりの対応がなされてきた。やはり車椅子使用者、聴覚障害者への配慮が先行しているが、「エデュケーション・デパートメント」に視覚障害を持つ「アクセシビリティ・コーディネーター」(弱視の女性)が着任したことをきっかけに、新しい「ワークショップ」の企画もスタートした。12月に開かれたワークショップに参加したので、その様子をレポートしよう。
 今回のワークショップはメトロポリタン美術館のイントロダクションということで、視覚障害者とガイドのペアが小グループに分かれて展示場を歩き回った。集合は木曜の朝10時(一般の観覧者が比較的少ない時間帯が選ばれたようだ)。10時までにマンハッタンに着こうと思ったら、7時前にはプリンストンの家を出なければならない。前日から早寝して気合を入れていた僕は、なんと一番乗り。9時20分には美術館に到着し、「さて、どんな人が現れるか…」とベンチで参加者が集まるのを待つ。メトロポリタンにはすでに何度か来たことがあり、11月にコーディネーターの方とも会っていたが、ワークショップには初参加の僕である。
 いつものごとく気合の長続きしない僕がベンチで居眠りを始めたころ、ぼちぼち本日の出席者(らしき人)が集合してきた。平日の午前中ということで、年配の女性(つまりはおばちゃん)が多い。大半はボランティアか友人の晴眼者といっしょにやってくる。白い杖を持った外国人(僕からすると、おばちゃんたちが外国人なんだけど…)が一人で座っていると目立つらしく、おばちゃんたちは「いい遊び相手を見つけた」とばかりに僕に話しかけてくる。「どこから来たの?」「ニューヨークはどうだ?寒いか?」「プリンストンで何やってるの?一人で住んでるの?」…。こちらの返答などろくろく待たずに左右から質問が飛んでくる。どこへ行っても、おばちゃんは偉大なり!
 このおばちゃんたち、やはり美術館を訪れる機会はこれまで少なかったが、メトロポリタンの新しい試みに期待しているようだ。だが、参加の動機はさまざまである。中途失明者で視力があったころは美術館巡りが趣味だった人、「今日のワークショップはどうでもいいの。その後ミュージアムショップでクリスマス用のプレゼントを買うの」とけろりとしている人(たしかにショップもヒュージでいろいろと珍しい物を売ってるけど、そんなのってないだろ、おばちゃん…)、単に「暇」だから来てみた人…。
 もちろん、ホームページなどでもワークショップの情報は提供されているが、ほとんどは知り合いからの口コミ、ないしはライトハウス(視覚障害者関係の施設)でビラを入手しての参加である。地道にワークショップを続けていけば、リピーターが増え出席人数も安定していくのだろう。
 「あなたはなんでわざわざ遠くからこのワークショップに来たの?」と問われ少し困った。おばちゃんたちは「あなたも物好きね」と言いたげである(まあ、そのとおりなんだけど…)。日本にいる時も「普段は何してるんですか?」とか「民博ではどんな仕事をされてるんですか?」と尋ねられ困ることがあった。そんな場合、とりあえず「研究」と答えることにしている。今回も「リサーチ…」と言うと、おばちゃんたちは納得してくれた(まさか「リサーチ」と「リゾート」を聞き違えたんじゃないよね…)。なんとも研究(リサーチ)とは便利な言葉である。
 研究、物好き、暇の区別についてつらつら考えていると、そろそろ10時だ。みなさんお待ちかねの(?)ワークショップはいつ始まるのだろう。10時を少し過ぎたころ、コーディネーターの女性や数名のスタッフが現れ、20人ほどの参加者のグループ分けを行なった。4つのグループにそれぞれツアー・リーダー(エデュケーション・デパートメントのスタッフ)が付き、「さあ、スタートしましょう」となった。各ツアー・リーダーは自分の名前のみ告げ、グループ内の晴眼者・視覚障害者のペアを調整し、準備が完了したグループからどんどん出発していく。
 日本人の感覚で、まず主催者の挨拶、ワークショップの趣旨説明があり、出席者の自己紹介となるのかなと想像していたので、なんともあっけないというか合理的な式次第(?)に戸惑う。まあ、ワークショップ開始前にお互いにあれだけ「リサーチ」しておけば、自己紹介など必要ないのかもしれない。ワークショップの参加は申し込み制なので、主催者はどんな人が来るのか把握しているはずだが、べつに「○○さんがまだ来てないので待ちましょう」といったこともない。個人主義、自己責任のお国柄がこんな所にも示されている。
 そういえば、大学でのパーティーなども日本の雰囲気とはだいぶ異なる。一言でいうなら、雑然と始まり雑然と終わる。「乾杯!」はしないし「芸」を披露することもない。パーティーは何時から何時までというスケジュールのみが決まっており、その時間内の来たい時に来て適当に飲み食い、おしゃべりして、帰りたい時に帰る感じだ。ちびちびビールを飲んでいる僕の傍に、偉い教授がビール瓶片手に近づいてくるので、「これはグラスを空けなくては…」とあせっていると、単にその先生はビールをラッパ飲みしてるだけだったりする。慣れればアメリカ式のパーティーも気楽でいいのだが、やはり「乾杯!」くらいはしてほしいなといつも思っている。
 話が横道に逸れたが、アメリカ式にスタートした僕たちのワークショップ。さすがにビールをラッパ飲みしている人はいないが、けっこうみんな好き勝手に自分なりの楽しみ方をしている。熱心にツアー・リーダーの説明に聞き入る人(もちろん僕もその一人!)、友人とのおしゃべりに夢中な人、意味もなく我々の周りをうろうろする人(参加動機は運動不足の解消かな)…。「ミュージアムショップに行く」と豪語していた先ほどのおばちゃんは、「私は疲れたから、もういいわ」と途中でどこかへ去っていった。
 僕のガイドをしてくれたのは、大学院で美術教育を学んでいる学生ボランティアのエミリー。スミソニアンと違ってニューヨークの美術館では、若い女性(主に学生)のボランティアが多い。僕にとってはなんともうれしいことだ。ちなみにメトロポリタンのガイドは先述したコーディネーターの下で「エデュケーター」としての教育を受け、アルバイト料も支給されているそうだ。それだけガイドにも専門性が要求されるわけだ。まあ、そんな専門性は二の次にして、「やはり早起きしてよかったぞ」とエミリーと組んだ僕は颯爽とグループの先頭を歩く。張り切りすぎてツアー・リーダーを追い抜いてしまい、何度か注意されたほどだ。
 さて、肝腎のワークショップの内容だが、大きく分けて三つの部分から構成されていた。まずは「ヴァーバル・イメージング・ツアー(Verbal Imaging Tour)」。実際、メトロポリタンでも触れる展示物は少なく、絵画作品などは晴眼ガイドの「言葉の説明」により描写される。今回のワークショップでは数点の絵画とステンドグラス、宝石について「説明」されたのみだったが、事前申し込みしておけば希望する展示品の解説を受けることができる。どうすれば理解しやすい「説明」になるのか、試行錯誤が繰り返されている。
 「ヴァーバル・イメージング」は参加者の視覚経験の有無により受け止め方が違うし、個人個人に応じて「説明」の仕方も多少変えなければならない。正解があるようでない複雑さだろう。僕のように想像力が乏しく、まして英語力の不足している人間には、やや難しい(退屈な?)「説明」だが、中途失明の美術愛好家のおばちゃんなどには好評だったようだ。
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 「どうせヴァーバル・イメージングするなら、隣にいるエミリーの容姿を『説明』してくれよ」などと良からぬことを考えていると、そんな「おやじ」の邪心を見抜いたように、次は本日のメーン、「触る」ツアーである。「古代エジプトに触れる(In Touch With Ancient Egypt)」と題するもので、スフィンクスなどの石像に自由に触った。メトロポリタンのエジプト展示はそれ自体が巨大で館を代表するものだが、その中で触覚で楽しむことができる彫刻は6体である。6体といえば少ない気もするが、それぞれが大きくユニークな形をしているので、触る醍醐味は十分ある。触れる石像には目印として点字のラベルも付いていた。
写真:メトロポリタン美術館の点字ラベル。ラベルは視覚障害者のための物だが、どの作品に触れるのかを晴眼者に明示する意味も持つ。
 
 今回のワークショップでは時間の関係で1体のみを「タッチ・ツアー」しただけだったが、事前申し込みすればガイドをアレンジしてくれる。また、点字のブックレットも用意されており、それを見ながら友人と、あるいは単独で彫刻作品を味わうことも可能だ。遠い古代に思いをはせながら、メトロポリタンの巨大さを体感できる「百聞は一触に如ず」のツアーだろう(僕はこのワークショップ以外で2回ほど石像たちを触りにいったが、今年も再訪するつもりである)。
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 広い展示場を歩き回って疲れたころ(何人かのエスケープ組が出たことなど気にすることもなく)、僕たちは会議室に入った。もちろん、日本式の意見交換会をするためではない。ワークショップの最後は「タッチ・コレクション」の見学(触学?)だ。主催者が「A variety of objects」と言うように、メトロポリタンにある種々の収蔵品の中から触れる物を集めているのが「タッチ・コレクション」である。鎧、石器、仏像、衣服…。レプリカも多いが、まさに「バラエティ」に富んだ物、物、物…。次から次へといろいろな物が出てくるので、参加者たちは「これは何…!?」と大いに盛り上がっていた。
写真:メトロポリタン美術館の「タッチ・コレクション」。背後の棚には触れる物がいっぱい…!
 
 開始もアメリカ式なら解散もアメリカ式。主催者から次回のワークショップの案内があった後、触るのに飽きた者からばらばらと帰っていく。お腹のすいた僕は館内の食堂までつれていってもらい、エミリーと別れた(蛇足ながら食堂は民博の方がおいしかった…かな)。今後は写真やアフリカ美術に関するワークショップが予定されているらしいが、しばらくは僕にとって楽しい「リサーチ」を続けることになりそうだ。
 さて、スミソニアンやメトロポリタンの取り組みを紹介すると、「やはりアメリカはアクセシビリティの先進国だ」との印象を持つ人が多いだろう。しかし、こういったサービスはアメリカにあってもまだまだ例外的なものだし、「これから」という段階なのである。メトロポリタンでも点字パンフレットがあるというので受付で尋ねてみると「I do not know」を連発されたし、別のデスクに行くと「そんなものはない」と断言されたりもした(後日めでたくパンフは「発見」されるのだが…)。メトロポリタンのコーディネーターがワークショップという形で継続的に視覚障害者を集めているのは、視覚障害者も美術館を楽しむことができる「開かれた発想」を館内外にアピールするためなのだろう。啓発活動が必要な点では、日米にさほどの差はなさそうだ。
 ここでメトロポリタン以外での僕の「リサーチ」の中間報告をしておこう。視覚障害者に対するサービスの形態は、メトロポリタンのワークショップが象徴するように3パターンに分けられる。「I.言葉による展示品の説明」「II.展示品の中で可能な物に触れる」「III.触るための特別のコレクションを用意する」。各美術館、博物館がそれぞれの事情に応じて3パターンから一つ、あるいは複数の組み合わせでサービスを実施している。繰り返し言うように、視覚障害者への対応はまだ「手探り」(下手なしゃれではないが…)の段階で、各館がいわば「点」として行なっている現状だ。メトロポリタンのコーディネーターとも話したのだが、今後はミュージアム間の横の連絡、情報交換が不可欠になってくるだろう。
 残念ながらアメリカ国内でも、僕が電話で視覚障害者への配慮を申し入れると、「当館は障害者に対する特別のサービスはしてません」「ここには触れる物は何もないので、来てもつまらないですよ」「ガイドする人はいないので、友人か家族といっしょに来館してください」…と、冷たく(でも明るく)言われてしまうこともよくあった。「断られるのは日本で慣れてるさ」とめげない僕だが、そんな全盲者を歓迎してくれたニューヨーク周辺の「開かれた」ミュージアムは…
I.「ジューウィッシュ・ミュージアム」(ユダヤ人アーティストによる絵画作品)。
II.「Lower East Side Tenement Museum」(移民の生活史に関する体験型の展示)、「ミュージアム・オブ・モダン・アート」(現代彫刻のタッチ・ツアー)、「イサム・ノグチ美術館」【写真左下】。
III.「ニュージャージー・ヒストリカル・ソサエティ」【写真右下】。
写真 写真
 
写真左:「イサム・ノグチ美術館」にて。ほとんどの展示物に触ることができ、日系人の彫刻家なので親しみも感じた。
写真右:「ニュージャージー・ヒストリカル・ソサエティ」にて。子供や視覚障害者は事前申し込みすれば、ニュージャージー地域の農業移民の生活用具などに触らせてもらえる。こんな展示品、民博にもたくさんありますよね。

写真  この他、サンフランシスコやボストンなどそれなりの規模の美術館では「タッチ・ツアー」のプログラムがあるし、視覚障害者用に限定してはいないが、各ミュージアムが音声ガイドを貸し出している(メトロポリタンには日本語版のオーディオ・ガイドもあった)。僕の「リサーチ」が進めば、上記のリストももう少し充実してくるだろう。まずは僕自身が「ユニバーサル・ミュージアム」の実現をめざして(などと言えばかっこいいが…)、美術館、博物館巡りを続けることにしよう。第二、第三のエミリーに会えることを願いつつ…!?。
写真:ボストン美術館の点字パンフレット。何でもビッグなアメリカ。点字用紙も日本よりかなり大きい。持ち運ぶのもたいへんだろうに…。
 
 2回に分けて書いてきたアメリカのミュージアム事情。一般のガイドブックからは得られない情報ということで、少しは楽しんでいただけただろうか。「リサーチ」(「リゾート」?)を続けて、さらなる続編を書きたい気持ちはあるが、次回はそろそろ日本の博物館のバリアフリー状況について報告してみたいものだ。たくさんの日本の博物館が「開かれる」ことを期待して、そして僕が帰国するまで「テリヤキ通信」が継続していることを祈りながら、僕は「開かれた」布団に向かうのだった。
[2003年1月]