国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

4月(1)  春が来た!
4月になった。ライデンに春がきた。春になった。何回繰り返して言っても足りないくらい嬉しい。本当に春がきた!

オランダの冬は、夜が長くてどんよりくもりの日が多い。雨と風がすごくて、家を出てから研究室に着くまでの間に髪の毛がぬれてぐちゃぐちゃになってしまう、そんな冬だ。傘を差しても風で折れてしまうから、風の強い日には、道端のゴミ箱に壊れた傘が何本もつきささっているのを視界の隅にとらえながら、風にさからってうつむいて、家につくまでひたすら突き進む、それが冬。現在では建物の中にさえ入れば暖房がきいているからいいけれど、少し前までの暮らしはどんなだったのだろう。

だから、日が少しずつ少しずつ長くなって、雨の降る日がだんだん少なくなり、ある日、青い空がばーんと目の前に広がると、もうそれだけで踊りだしたくなるくらい嬉しい。オランダは土地が平たいから、空が大きい。頭の上のはしからはしまで広がる大きな空に、白い飛行機ぐもが、たてに、よこに、斜めに、歩くにつれてどんどん交差していく。

そんな春の青い空の下で明るい色の花をつけるチューリップがはじめてオランダにきたとき、きっと、人々の目には何ものにも変えがたいほど貴重なものに写ったに違いない。チューリップはオランダ語で tulp, 複数形は -en をつけて、tulpen。中央アジア原産のこの花がトルコ経由でオランダにきたとき、この花のことを「ターバン (dulban, tuliban, toliban) に似ている花」といわれたのを、名前を教えてもらったのだと勘違いしたのが「チューリップ」という名前の語源だというのをどこかで読んだ。これは16世紀末のことなのだそうだ。17世紀に入ると球根の値段が高騰し、先祖から伝わる高価な宝石や事業を手放してまでチューリップの球根ひとつを買う人がでるまでになった。もちろんそんな狂乱状態が永遠に続くはずもなく、球根の増やし方がだんだんわかるようになり、政府の介入もあって球根の値段は1637年に暴落し、一夜にして貧乏人になった人が何千人もでたそうだ。これは、世界三大バブルのひとつとして、バルブ(球根)・バブルともよばれるらしい・・・。でも、冬があけたばかりの庭にチューリップが一株咲いていると、そこだけぱっと明かりがともったようで、どんな対価を払ってでも欲しいと思わずにはいられなかった気持ちがわかるような気がする。

さて、ライデンの市街地を少し離れると、花畑が一面に広がっている。色のうすいものは、実はヒヤシンス。濃い原色のなかで黄色だけのものはスイセン。そして赤、黄色、ピンク、と濃い花がいろいろ混ざっているのがチューリップ畑。一日中、街中にただよう有機肥料のにおいはこのためか、と納得する(=あきらめる)。こちらに来てはじめて知ったのだが、これらの畑は球根栽培が主な目的なのだそうだ。オランダはほとんどが埋め立て地だから、土地が砂混じり。この水はけのよい土壌は球根(とポテト)栽培にぴったりなのだそう。

チューリップの球根はたまねぎのような形をしているが、ちょうどその根の部分に小さなわき目がたくさんつく。このわきに出てくる小さい球根を一人前になるまで大きくするまでに数年かかるという。チューリップ畑が満開になるころ、農家の人たちは花のつき方で球根の育ち具合を判断し、未熟なものを手で引き抜いてよける。そのようにして土の中にのこった球根を同じくらいの規格にしておいて、機械で花を一度に全部摘み取るのだとか。土の中にのこった球根は葉からどんどん栄養をもらって大きくなる。摘み取られた花の方はフラワーパレードで使ってしまうそう。屋台のようなところで50本5ユーロ(約750円)で買って帰ったら、あまりに新鮮で、ちょっと手が触れただけで茎がパキッと音をたてて折れてしまってびっくりした。暖房を入れた部屋で一週間もったから、チューリップとしては上出来。
 
花の名前とオランダ語の複数形
先ほど書いたようにチューリップを表す語は一本のチューリップを示す単数形が tulp、二本以上になったら複数形をつかって tulpen となる。オランダ語の複数形の作り方には、このように -en をつけるものと・・・

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
チューリップ tulp tulpen tulip(s)
バラ roos rozen rose(s)
水仙 narcis narcissen daffodil(s), narcissus, narcissi
クロッカス krokus krokussen crocus(es)
orchidee orchideeën orchid(s)
グラジオラス gladiool gladiolen gladiolus, gladioli


英語のように -s がつくものがある。

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
ゆり lelie lelies lily, lilies
カーネーション anjer anjers carnation(s)
ゼラニウム geranium geraniums geranium(s)
わすれな草 vergelt-me-nietje vergelt-me-nietjes forget-me-not(s)


ただし、-s がつくもので単数形が母音でおわる場合には、-' s と書くのがきまり。これでほとんどの名詞の複数形はOK。

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
ダリア dahlia dahlia' s dahlia(s)
ベゴニア begonia begonia' s begonia(s)
あじさい hortensia hortensia' s hydrangea(s)
ガーベラ gerbera gerbera' s gerbera(s)


ところが、オランダ語にもやっぱり不規則名詞というものがある。母音が違うだけで、最後に-en がついているものはまだいいんだけれど・・・

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
stad steden city, cities
schip schepen ship(s)
鍛冶屋 smid smeden smith(s)
構成員、部分 lid leden member(s), part(s)


こんなのもあります。しかも民博に勤めていると非常によく使う単語。

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
ビザ(査証) visum visa visa(s)
博物館 museum musea museum(s)
シンポジウム symposium symposia, simposiums simposium(s), simposia
日付 datum data, datums date(s)
水族館 aquarium aquaria aquarium(s)
割り当て quotum quota quota(s)


さらに・・・

名前 単数(ひとつのとき) 複数(ふたつ以上) (参考)英語
音楽家 musicus musici musician(s)
政治家 politicus politici politician(s)


最後の二つ、um と a、 us と i が入れ替わるパターンは、ラテン語の単数・複数形がそのまま入っているもの。英語ではなんとなく花の名前などにラテン語パターンがよくみられる印象があるのに、オランダ語では花の名前の単数・複数がラテン語パターンのものは、探しても見つからなかった。学術関係や施設関係などになるとそれが逆転して、オランダ語の方にラテン語パターンが多く、英語の方では s をつけるだけのものがほとんどであるのが面白い。

研究室の窓からみおろす「植物園」も、ラテン語で Hortus Botanicus (「植物の庭」の意味)。ほかより少し遅れて今、narcissen と tulpen が満開。
 
ヒヤシンス畑 チューリップ畑
左はヒヤシンス畑、右はチューリップ畑。どちらも花ではなく球根栽培が目的。
 
パレード
フラワーパレード。花のケーキはいかが?
 
飛行機雲 飛行機雲
飛行機の落書き。
 
研究室の窓から
研究室の窓から。