国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

7月(2)  音
家でパソコンに向かっていたら、どこかからカランコロンという音が聞こえてきた。いまどき下駄履きなんて、やっぱり関西は風流でいいなぁ・・・と、一瞬なごやかな気持ちになったものの、えっ、ちょっと待って。たしか一時帰国からもうオランダにもどってきたはずでは・・・?私の意味不明のパニックには関係なく、カランコロンという音は続く。そうでした、オランダといえば木靴。それにしても下駄の音にそっくりなのには驚いた。ちなみに、年末のテレビの歌番組では、木靴を履いたタップダンスのパーフォーマンスもありました。日本でも下駄のタップダンスがあるとか。下駄のタップではかかとが足から離れないように固定するそうです。木靴ならそのままでOK。それにしても足が痛くならないのかな・・・?

オランダで観光地に行くと、木靴を履いてみることのできるコーナーだとか、木靴を造る実演などがあるところも多い。聞いてみると、現在では靴下を履くけれど、昔は中にわらくずを詰めて履いたそうです。暖かいし、足あたり(?)もソフト。おしゃれな格好をしたガイド役のおねえさんに今でも履く人が多いのか訪ねたところ、「当たり前でしょ」とでもいいたげな顔をされてしまった。畑仕事に出るときそんな靴(と私の運動靴を指差して)履いてたらどうするの?不便で仕方ないじゃない。木靴ならドロの中にはいっても平気だし、家にもどったらそのまますぽっと脱げるわよ。・・・ごもっとも。ただし、オランダの土壌だと、ドロというよりは砂だと思うけど。

ちなみに、ライデンの市内でもほんのときどきだけれど木靴をはいている人をみかける。アイゼル湖畔にある屋外博物館では、現地スタッフに木靴を履いている人がたくさんいた。観光客相手のためなのかな、と思っていたら、そこここに底が磨り減った靴がほったらかしてあるのをみかけてびっくり。靴というのはかかとが磨り減るものだと思っていたけれど、木靴はどうやら底全体が均一に磨り減るらしい。高さが半分くらいにまで磨り減った靴、写真をとっておかなかったのが残念だ。

現地に行くまではほとんど考えもしないけれど、暮らし始めるとすっかり生活の一部になってしまうのが「音」。『異文化で暮らす』シリーズで山中由里子さんがドイツの鐘の音のことを書いておられたが、ライデンでの私にとっての腹時計ならぬ鐘時計はライデン市庁舎から聞こえてくるカリヨンの響き。といっても、いまだに何時に鳴ることになっているのだかよくわからないのだが、一回ずつ曲目が違っていたりする。ポップスのアレンジのときもあって、カリヨンの響きと一緒に歌謡曲を口ずさめるなんて、驚き。

聞こえてきて、いつも笑いそうになるのは救急車の音。もちろん、救急車が走るときには救患の方がおられるわけなので笑ってはいけないのだが、こちらの救急車はなんとも間の抜けた音を出すので、おかしい。本当にあんなのに乗せられて大丈夫なのか、不安になってしまう。いや、あの音を聞けば乗せてもらっただけで元気になれるかも。

ニュージーランド出身の連れ合いがすぐに気ついたのに、私の方はいわれるまで気がつきもしなかった音は、馬車の音。より正確には、馬車を引く馬のひずめの音。カポッ、カポッ、カポッ、カポッという独特の音だ。ライデンでもときどき、馬に乗った人の姿や馬車を見かける。宿舎の周辺では、ときどき結婚したカップルが乗っている馬車が通る。近くにとても高級なホテルがあるので、ウェディング・パックか何かになっているのではないかと推測している。この間みたのは四頭立ての馬車だった。言われてみたら確かに特徴のある音なのだけれど、何の音だか判別できるようになるまでは私の耳は雑音として処理してしまっていたらしい。いったん「学習」すると、今度は、遠くから馬車の音が聞こえてくるたびに気になって窓まで見にいってしまう。人間の認知のしくみは不思議だ。

さて、オランダの音というと忘れてはならない、というより、忘れようがないのがストリートオルガン。水曜日と土曜日には運河沿いに市がたつ、ということは以前に書いたが、定期市にトリートオルガンはつきものなのだそう。ライデンの市ではストリートオルガンのまわりで踊りながらハーモニカや打楽器を弾いている人もいる。春に訪れたキューケンホフのチューリップ園では、入り口に大きなオルガンがおいてあって一日中にぎやかに演奏していた。ストリートオルガンは伝統的な音楽を演奏するためのものだと、なんとなく勝手に思い込んでいたけれど、とんでもない、ジャズや一緒に踊りだしたくなるような最新のアメリカの歌手の歌などもかかったりして、決して「化石」なんかではないことを思い知らされたりもする。

それでもストリートオルガンは何か特別な日のためのものだと思っていた。そんなある日・・・夕方遅く勤務先IIASの建物を出て歩きはじめ、角をまがってみてびっくり。運河沿いの道に、ストリートオルガンをまわしているおじさんがいるではないか。しかも周りになにかあるわけでもなく、どんより曇り空なのに、ただストリートオルガンだけがいきなりそこに出現。写真を撮らせてもらってもいい?と聞くと、おどけた格好で逃げ出すので、あわてて「オルガンと一緒にお願い!」と叫んで、はい、チーズ。その間にもオルガンは演奏を続け・・・Dank u wel! 「ありがとう!」という言葉に、なんともいえない明るい笑顔が帰ってきた。仕事のことでうまくいかないことがあり、ちょっと気持ちがふさいでいたのだけれども・・・すっかり元気になって帰宅しました。オルガンのおじさん、ありがとう。民博のエントランスホールにあるストリートオルガンの音も、これからはきっと違って聞こえることと思います。




ある雨の日の夕方、突然、運河のほとりにあらわれたストリートオルガン。

Holbak 駅前
●木靴の使い方(1)

 漁船?
Holbak 駅前
●木靴の使い方(2)

 ドアストッパー??
Holbak 駅前
●木靴の使い方(3)

 ローラー木スケート???
Holbak 駅前
でも本当は靴として使います。(靴底しか写っていなくてごめんなさい。)