国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

10月(1) オランダのポテト料理
オランダのポテト料理について問い合わせがあったのでまとめてみた。

オランダはマッシュポテトがいわゆる伝統的で、かつ、現在でももっとも一般的な食べ方らしい。日本では、「マッシュポテト」というと、それでほんど終わってしまうが、オランダではマッシュポテトのなかにいろいろ区別がある。

hutspot (ヒュッツポット) 「たまねぎとにんじんが混ざったマッシュポテト」
stamppot (スタンポット) 「その他のもの(キャベツなど)が混ざったマッシュポテト」
aardappelpuree 「マッシュポテト」


いろいろ区別がある、というより、この三つは同じ料理だと認識されていないといったほうが正しいかもしれない。
どうして「たまねぎとにんじん入り」が hutspot としてその他大勢から区別されるのか、その経緯は定かではないが、「にんじん入り」といわれてまず思い浮かぶのが、10月3日の Leids Ontzet (Leiden's Relief)、つまりライデン解放記念日。これは、1574年に長期にわたるスペインの包囲から解放されたのを祝う日でライデンでは祝日、そして「ポテトとにんじんのシチュー」、つまり hutspot を食べるのが習慣。でも、特別な料理だから解放記念日の象徴的な食べ物になったのか、解放記念日に食べられる料理だから特別扱いなのか、どちらなのかについては、残念ながらやっぱりよくわからない。


stamppot にはいろいろあって、混ぜる野菜の名前をつけて呼ぶ。たとえば・・・

spinziestammpot ほうれんそう入り」
andijviestamppot 緑の葉やさいの一種 (andijvie) 入り」
zuurkoolstamppot 塩漬けキャベツ入り」
boerenkoolstamppot キャベツの一種 (boerenkool) という入り」
preistamppot 英語で leeks と読んでいるおばけねぎ入り」
erwtenstamppot グリーンピース入り」


などなど。単語がくっついてしまうのは6月(1)で書いたとおり。読みにくいけれどご勘弁を。

hutspot と stamppot は、辞書をひくと「シチュー」だとか「ごった煮」というよくわからない訳が出てくるが、オランダ人の友達に聞くと迷いなく上に紹介したような定義がでてくる。「ま、とにかく昔は食べ物がなかったから。手にはいる野菜を全部いっしょに煮るとどっちにしても解けてどろどろになっちゃうからねー」というコメントつき。シチューとマッシュポテトは紙一重?・・・子供のときにシチューを煮込みすぎて野菜の形がなくなり母に注意されたことがあるが、もしオランダで育っていたら私の料理法は正しかった、ということになるわけね。

aardappelpuree の puree はフランス語からの借用語ではないかと思う。ということは、イモだけのマッシュポテトを食べるのは最近の習慣なのだろうか?それとも、マッシュポテトに何も他の野菜が入っていない、というのはイコール食べ物がない、ということだったのだろうから、「プレーン・マッシュポテト」イコール「貧困」というイメージがあったのかもしれない。さまざまな各国料理がオランダに入ってくるようになり、イメージの一新をはかってフランス語のおしゃれな名前をつかうようになったとか?「プレーン・マッシュポテト」とはいっても、ガーリックだとかバターでしっかり味がついていて、こちらもなかなかおいしい。

三つのうちどれを選ぶかはともかくとして、なんらかのマッシュポテトをお皿に盛った上に、でーん、とソーセージ、ミートボール、もしくは肉か魚がのっているのがオランダの家庭料理。あまりにも洗練されてなさすぎる、ということで、「オランダ料理を出すレストラン」というものはまず存在しない(5月(1)参照)。それでも探しに探してやっとアムステルダムの観光地の真ん中に一軒、オランダ料理店なるものを見つけた。外には hutspot, 「オランダ料理あります」と日本語でまで書いてある。世にも稀なるオランダ料理店、入ってみない手はない、というわけでいそいそとテーブルについたところまではよかったが、いざメニューをみてみると、オランダに数か月暮らしただけの私たちにとってさえ料理があまりに「普通」すぎて、わざわざレストランで食べる気にはなれない。困ってメューを上から下、下から上と何度もみわたした挙句、結局、ドリンクを一杯ずつ注文しただけで逃げるように出てきてしまった。(ちなみにかわりに夕食をとったのは「ウルグアイ料理店」。)

どうして伝統的な料理がマッシュポテトだけなのか。質素な暮らしを重んじたプロテスタントの背景をもつオランダでは、日常生活が全般につつましい。食べものもできるだけ簡素に、ということで、いろいろな料理が発達しなかったのではないか、とこれは私が勝手に考えているだけなんだけれど。一方、オランダのよいところといえば、さまざまな文化をなんでも受け入れるところ。料理も例外ではなく、現在では小さなライデンの街にも各国料理のレストランがところせましと並んでいるのは、以前にも書いた。レストランだけではなく、スーパーで無料で配布される料理の本や加工済み料理素材を見ていると、おそらく各家庭でも、毎日ではなくてもさまざまな料理を楽しんでいるのではないか、と推測される。もっとも、日本のようにゼロから料理するというよりも、○○料理ソース、というのをつかってそれらしい味のものにしあげるのが一般的ではあるようだが。ポテトについても、くし切りにしたポテトをソテーしたものだとか、オーブンで焼いたもの、大きいジャガイモを半分に割り、その上にチーズなど散らしたものなども日常的に食べられていることがわかる。味付けもいろいろ。レストランなどではフレンチフライがついてくることが多いが、家庭でも食べるものなのかどうか、今度誰かに聞いてみようと思っている。

さらにオランダのファーストフードといえばなんといっても patat (アメリカ英語でフレンチフライ、イギリス英語でチップスと呼んでいるもの、南オランダでは friet)。観光地や公園などにいくと、かならず、アイスクリームと patat を売っている屋台が出ています。マヨネーズが真ん中にでんとのっているのがデフォルト(写真1)。その他いろいろ選ぶことができて、この間はどこかで、「ソース20種類あります」という看板をみた。マヨネーズのほかにインドネシア料理起源のサテー・ソースだとか、チリソース、トマトケチャップ(ただしケチャップをつけるのはアメリカほど一般的ではない)、さらにはこれらが全部かかったものもあり、patat orlog 「戦争ポテト」と呼ばれる。「いろいろなソースが入り交ざって戦争のようだからじゃないかな?」とは、名前の由来を一生懸命考えてくれた友人。ご参考までに、オランダ語版ウィキペディアにあがっているものから、いくつかご紹介。

名  前 かかっているソースの内容
patat met マヨネーズ。近年ではマヨネーズより25%脂肪分が少ない frietsauce を使う屋台が多い。
patat speciaal マヨネーズ、カレーケチャップ(トマトソースに酢、カレー粉などを加えた調味料)もしくはトマトケチャップとたまねぎ。地域によってはこれにピーナッツソースが加わる場合も。
patat met pindasaus
/ patatje pinda
(/ patat sate)
ピーナッツ(サテー)ソース。
patatje halfom ピクルスとマヨネーズ。
patat(je) flip ピーナッツソースとマヨネーズ。地域によってはさらにたまねぎのみじん切りも。
patat(je) oorlog 文字通りには「戦争ポテト」。地域によって次のようにいろいろなバージョンがあるが、異なるいろいろなソースがまざっている、という点で共通している。
a) ピーナッツソース、マヨネーズ、さらにお好みによってたまねぎ。
b) マヨネーズ、ケチャップ、カレーソース、ピーナッツソース、たまねぎ。
c) マヨネーズ、ピーナッツソース、カレーソース、たまねぎ、(ケチャップなし)。
ベルギーでは、マヨネーズ、カレーケチャップ、たまねぎ。
patat(je) feest 第二次イラク戦争後、「政治的に正しい用語」として上 patat(je) oorlogに変わる語として造られた名前。
patat(je) Peeters
/ Friet(je) Mediterranee
ケチャップとマスタード
patat Salabim マヨネーズとチリソースを混ぜたもの。3対1の比で混ぜるのが一番おいしいとか。


このほかにも、タルタルソースだとか、アンダルーズソースなど、いろいろなソースの可能性(?)があるそうです。

さて。日本ではポテトは野菜の仲間であると認識されていると思う。一方、フランスでは、87歳のおばあちゃんから米を「野菜の一種」と説明しているのを耳にして、ほう、と感動した経験がある。オランダ人の友達(男性)にその話をすると、「いや、ポテトと米は野菜ではない。米、ジャガイモ、パスタは主食で別ものだ!」との強いお言葉であった。これは、ニュージーランド出身でジャガイモを食べて育った連れ合いの認識とも共通しているので、このこと自身は目新しい経験ではない。ところが、オランダのポテトについていろいろ考えていると、どうやらオランダ料理におけるポテトは、和食におけるご飯以上に実質的な位置を占めているのではないか、と思うようになった。

たとえば。日本だと、お弁当を買うときに、おかずの名前で選ぶと思う。「さばの味噌煮」だとか、「塩じゃけ」、「チキンから揚げ」というように、肉類もしくは魚のメニューで名前がついていたと思う。最近では健康を考慮して「13種の野菜」とかいうのも、見たような気がする。私たちはご飯がまずあって、そこにおかずがついていると思っているけれど、実際には、分量が多すぎれば、おかずだけ全部食べてご飯は残しても食事になる。

これに対して、オランダのスーパーで電子レンジでチンして食べるパックを見ると、マッシュポテトの種類で選ぶようになっている。すなわち、 stamppot の名前がメインで、そこに「ソーセージ添え」だとか「ミートボール添え」というのが小さく書いてあるのである(写真3、4)。いくつかあげてみると・・・

Stamppot の名前 ○○添え  
Spinaziestamppot met gehaktbal ミートボール
Andijviestamppot met rookworst, jus en uitgebakken spekjes ソーセージ、ソース、ベーコン
Zuurkoolstamppot met rookworst, jus en gegrilde ham ソーセージ、ソース、ハム
Preistamppot met cordon bleu ハムとチーズをはさんだポークカツ
Boerenkoolstamppot met rookworst en gebakken spekjes ソーセージ、ベーコン


といった調子。つまり、あくまでマッシュポテトが主役で、その他はわき役。ソーセージだけ食べてマッシュポテトを残したりなどしたら、ほとんど食事にならない。(というか、パックを買う意味がない・・・。)もっとも、日本でも、「栗ご飯」だとか「マツタケの炊き込みご飯」(そんなの、あったっけ?)のように、ご飯に味がついていると、やっぱりご飯の種類がお弁当の名前になるから、結局は同じこと??

夏が遅くて暑かった日本からは「残暑がまだ・・・」というメールをいただきますが、こちらはもう冬支度。暖房の入った部屋で、そろそろオランダ名物、stamppot と erwtensoep (緑豆のスープ)が恋しい季節になりつつあります。


(写真1)週末にでかけたら patat met!このマヨネーズをみて!
 
(写真2)気になるお値段の方は・・・。ここではソースは代表的なもの四種類。
"spec" というのは "speciaal" の意味。 "puntzak" は写真1のような先のとがった袋のことを言います(punt = "point(ed)", zak = "bag")。
 
(写真3)チンして食べる stamppot の例。写真はキャベツの一種入りマッシュポテトのソーセージ添え。(一人前一食分!)電子レンジで6分でできあがり。ちなみに容器の深さは6センチです。
 
(写真4)駅前のスーパーにはチンして食べるパックがたくさん売っている。ナシゴレンやチキンサテーのようなインドネシア料理、パスタもあるけれど、一番種類が多いのは stammpot。売り切れているものも。 (写真5)Hutspot のチキン添え。にんじんの色が入るとおしゃれでおいしそうに。やっぱり特別?