国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

宗教とアルコール

(4)狩猟の神と酒  2010年2月24日刊行
佐々木史郎(民族文化研究部教授・副館長)

小さな祠に旅の無事と豊猟を祈る

私が調査しているロシア沿海地方の先住民族でも儀礼に酒は欠かせない。ここにはウデヘという狩猟民族が暮らしてきた。V・K・アルセニエフの「デルス・ウザーラ」の世界である。深い森に囲まれ、その恵みである動物たちは彼らに肉だけでなく、交易用の換金作物ももたらす。クロテン、ギンギツネといった高級毛皮である。かつてはそれを売って、織物、装身具、陶磁器、酒などを仕入れたが、今でも毛皮は貴重な現金収入源である。

森で獲物を授けてくれるのはエジェン(主人)と呼ばれる神様たちである。ウデヘは特にラオ・バトゥという狩りを支配するエジェンを崇拝する。今でも彼らは狩りの前に必ずこのエジェンに豊猟を祈願する。そこに欠かせないのがウオツカである。ウスリー川の支流のビキン川流域では、ラオ・バトゥは川岸の険しい崖(がけ)の上に鎮座する。猟師たちは森に行くときには必ずそこにボートを止め、ラオ・バトゥがまつられる小さな祠(ほこら)に参り、そこにウオツカとたばこを供えて旅の無事と豊猟を祈る。そのあと、参加者全員でウオツカを1杯ずつ飲み干す。一瞬、エジェンの神秘的な力に包まれたような崇高な気分になる。

シリーズの他のコラムを読む
(1)酒は百薬の長? 新免光比呂
(2)酒宴で開く、別の時間への扉 太田心平
(3)酒と呪術 信田敏宏
(4)狩猟の神と酒 佐々木史郎
(5)酒には溺れない 三島禎子
(6)オッサンの甘く白い酒 笹原亮二
(7)酒癖はDNA? 庄司博史
(8)神へ思いを伝える酒 野林厚志
(9)洒落と美食の裏側 新免光比呂