アラスカ北西沿岸地域にはイヌピアットという人々が住んでいる。彼らの最大の関心事は、捕鯨である。鯨はたんなる食料ではない。人々は鯨が食料となるために捕られにやってきてくれると信じている。その鯨を捕り、みんなで分かち合って食べることは、彼らのアイデンティティーを確認することでもある。
春に鯨が仕留められると、無線で出猟中の他のグループや村へと連絡が入る。村は歓喜に満ち溢(あふ)れる。連絡を受けた人々は捕獲場所の近くの海氷上に集まり、鯨を引き上げ、満面の笑みを浮かべながら解体作業に従事する。解体中には捕鯨グループの主婦が大鍋で脂皮を煮て、作業中の人をもてなす。解体が終わると、作業に参加したすべての者に肉や脂皮が分け与えられる。
残った肉は、捕鯨キャプテンの所有する地下冷凍庫に収納され、その一部は翌日の祝宴のために料理される。捕鯨者は、売るためではなく村人の食料のために鯨を捕る。1頭の鯨は分配や祝宴、お祭りを通してほぼすべての村人の胃袋に入ることになる。
鯨が水揚げされた日、村人は鯨と神、捕鯨者に感謝し、鯨を手に入れた喜びをみんなで分かち合いながら過ごす。自分たちの生き方を実感する時である。
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