マレーシアの先住民オラン・アスリの村では、5人のリーダーたちにバティン、ムントゥリ、ジェクラなどの称号が付されている。私が住み込みで調査をしていた時に、リーダーの1人が亡くなり、新たな称号保有者が選ばれることになった。称号を付与する儀礼の日は、十数年に一度やってくるかどうかの特別な日であった。
その日は、早朝から最高位の称号をもつバティンの家に親族や関係者が集まり、リーダーの印であるクリス(聖剣)、頭巾用の黒い布、そしてパンダナスの葉で作ったブジャンという儀礼用の包み(ビンロウの実、石灰、キンマの葉、タバコ、現金が入っている)など、儀礼用具一式が準備された。一方、会場となる村の会館では、村人総出で祝いの料理が準備されていた。
午前10時、称号付与の儀礼が執行された。清め用のクミアンという樹脂が焚(た)かれる中、バティンは、黒い服で正装した男性に頭巾をかぶせ、クリスを彼の脇にさすと同時に、新しい称号名を大声で叫んだ。その瞬間、会場には大きな拍手が沸き起こり、男性の目には涙があふれた。村のリーダーになることは、名誉であり重責でもある。彼の涙を見た時、あらためてこの儀礼の重要さに気づかされた。
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