アイヌの日用品にテンキと呼ばれるかごがある。裁縫道具などを入れたという。円形や楕円(だえん)形で高さ10センチほどのものが多く残されている。千島の特産で、江戸時代後期の記録にも散見される。
素材はテンキグサ(別名ハマニンニク)というイネ科の多年草の葉で、同じ素材のかごは、北太平洋岸の他の先住民の間でも利用されてきた。
テンキの製作技法は伝承されていなかったが、10年ほど前に北海道登別市の知里眞希さん(故人)が、博物館資料や文献調査のうえに試作を重ね、復元に成功した。
筆者は、知里さんを講師にテンキ作りをしたことがある。テンキグサの刈り取りから始めたのだが、まず、その処理が大変だった。イネ科の葉は、開く前は何重にも巻かれた状態になっており、それを外側からはがして、1ミリほどの太さの中心の葉だけを取り出すのだ。かご一つ分の材料を用意するだけでも、大変な手間である。天日干しの際も、むらが出ないように数時間おきに裏表を返した。こうして準備した葉をコイル状に編みあげるにも、やはり時間がかかる。水を入れても漏れないといわれるほど編み目は緻密(ちみつ)である。光沢のある美しいかごには、作り手の思いまで編み込まれているようだ。
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