国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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くらしの美

(8)木の器  2011年10月27日刊行
佐々木史郎(民族文化研究部教授・副館長)

国立民族学博物館が所蔵する千島アイヌの盆。特別展「千島・樺太・北海道 アイヌのくらし」(12月6日まで)で公開中
木の器には陶磁器や金属器にはないぬくもりが感じられる。それは材料が生き物に由来するせいかもしれない。また、陶磁器や金属器では製造工程のどこかで必ず火が入る。火には人の技にはない神秘の力があるが、それだけに器に近寄りがたい気品が漂う。それに対して木の器は徹頭徹尾、人が手で彫り込んでいく。そこには神秘性はないが、人の手による温かみと安心感がある。  

資料の調査に基づいて、本を出版される方もいれば、自分たちの祖先の手になる遺産を複製し、卓抜な意匠や優れた技術を継承していかれる方もいる。 

アイヌの人々は木の器を多く使う。椀(わん)、皿、盆、箸、匙(さじ)など、日常あるいは儀礼の食事に使われる食器はことごとく木製である。樺太アイヌは、儀礼用の料理を盛るのに楕円(だえん)形の皿や鉢を使う。器面に文様が少なく、飾り気はないが、その姿は実に優美である。  

北海道アイヌと千島アイヌは方形の盆を作る。北海道ではその表の面に渦巻きを主体とした文様を彫り、余った空間を埋めるように、魚の鱗(うろこ)の形をした細かい彫り込みを施す。千島アイヌの文様は奇想天外である。三角形の小さい彫り込みを連ねて丸をいくつも描く。百年以上前に作られたはずなのに、現代アートのような新しさを感じる。  

アイヌにとって木の器は食器であるとともに、彫刻の技と美的センスを競う場でもある。
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