国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

再生への道

(3)フランスの絵画修復  2011年11月24日刊行
園田直子(国立民族学博物館教授)

左端の建物がルーブル美術館・フローラ館。現在は、ここに修復アトリエがある
文化財の再生では、修復が大きな役割を果たす。そして文化財修復にはその国の個性が表れる。1990年初頭、フランスの国立美術館絵画修復研究所で科学調査を担当していたとき、印象深かったのが黄変ワニスの扱いであった。 

ワニスとは、作品の光沢を整え、また画面を保護するために絵具層の上に塗る薄い樹脂の膜で、古いものは茶褐色に変色している。このようなワニスは、「除去」ではなく、「軽減」されていた。理由は、ワニスを溶かすための溶剤が絵具層に直接触れると、絵具層の中の自然劣化生成物までが洗い出され、絵具層が硬くもろくなるからである。しかし、それ以上に微妙な感覚の問題もある。経年で、油絵具自体も変色し、ときには透明感を増し、下の絵具層が透けて見えることがある。ワニスを除去することは、絵画を本来の状態に戻すのではなく、経年による変化までを明らかにしてしまうことになる。 

軽減の程度を決める時にはキュレーターの間で大議論が起きる。多くの場合、作品のごく一部にワニスを何段階にも軽減した「窓」をつくり、その結果から全体を推し測り判断する。一枚の絵画に莫大(ばくだい)な時間とエネルギーをかける修復現場で、フランスの文化の一端を感じていた。
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