国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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たちこめる

(1)牛糞燃料  2013年3月7日刊行
三尾稔(国立民族学博物館准教授)

女神へのお供え。砕いたカンダーを燃やして供物をくべる=筆者撮影

インド北部の農村の夕暮れ。女性たちは男性より一足早く畑仕事から帰り、夕食作りに取りかかる。昔ながらの炉は、牛糞(ぎゅうふん)を円盤状に固め天日干しした燃料(カンダー)で火を起こす。この燃料、乾燥しているので臭いはないが、煙がよく上がる。炉のまわりには目にしみる白い煙が立ちこめてくる。家々から出る煙とあたりに広がる香辛料の香りは、つらい農作業に明け暮れた一日の終わりを告げるしるしだ。

燃料作りも、女性たちの役割だ。少女から老女まで、女性たちは牛や水牛が路(みち)や畑に落とす糞を大切に拾い集め、暇をみては直径20センチ厚さ3センチほどの円盤に手でこねあげて家の中庭などに干す。牛は乳を与え、農耕の動力になるだけでなく、貴重な燃料源でもある。牛と女性の手仕事なしにはインドの暮らしは成り立たない。

ガスや電気の普及で都市部の台所ではカンダーは使われなくなってきた。しかし、都市でもこの燃料が絶対必要なときがある。それは神々への拝礼の場面だ。穀物を燃やして煙とし、神々へのお供えとするのだが、その燃料は必ずカンダーでなければならない。街のアパートの祭壇の前に立ちこめる煙は、インドの人と神だけでなく、長きにわたる人と牛との共生の契りの証しと言えるだろう。

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