旅・いろいろ地球人
たちこめる
- (4)精霊のために 2013年3月28日刊行
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川瀬慈(国立民族学博物館助教)
ザール儀礼における霊媒=筆者の映像作品「精霊の馬」より楽師は単弦楽器の単調なメロディを繰り返す。コーヒー豆を煎る香ばしい煙と、香木をたく香炉からの煙がとぐろを巻くように交わり、部屋の中にたちこめる。7、8人が、円陣を組み、楽師の演奏にあわせて手をたたく。突然、一人の女性が部屋の中央に踊り出て、髪の毛を振り乱し上半身を激しく旋回させ始める。この動きを合図に、全員が一斉に「イルルルルルルル・・・・・・」と喉の奥から歓喜の声を絞り出す。これは、精霊が霊媒に降り、彼女が精霊の馬(現地のアムハラ語でアウォリャ・ファラス)となった合図とされる。
エチオピア北部の古都ゴンダールは、憑依(ひょうい)儀礼"ザール"のメッカとして知られる。精霊を迎え入れるには、精霊にささげる動物の肉や豆等の準備をせねばならない。精霊はまた、さまざまな香りを好むとされる。お香、コーヒー豆を煎る香り、香水(特に外国産)は、ザールの必需品である。以上が不十分であると、精霊は馬(霊媒)を荒々しく乗り回して怒り、火の中で踊り狂い、霊媒を病気にさせるのみならず、人々に不幸をもたらすという。
人々は精霊を呼び寄せ、病気や争い等、個々人の問題に助言を求める。精霊の馬を介してなされる、相談者と精霊の豊かなやりとりに、ザールの参加者は一喜一憂する。そして精霊とともに歌い、踊り、夜通し戯れるのである。
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