旅・いろいろ地球人
たちこめる
- (5)死者に届ける香り 2013年4月4日刊行
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藤本透子(国立民族学博物館助教)
カザフスタンの大規模な死者儀礼の様子=筆者撮影カザフスタンの草原の村では、よくお客を招待して死者のためにクルアーン(コーラン)を唱える。ある夏の日、祖先のために大規模な儀礼をすると聞いて出かけると、特別に天幕が建てられ、着飾ったお客たちが多く行き交っていた。辺り一面に、香ばしい油脂の匂いと湯気がたちこめている。大きな鍋には馬の肉やソーセージ、香り付けした腸がゆでられ、別の所では「死者の霊魂にとどきますように!」と言いながら小麦粉の生地を揚げたものが積み重ねられていた。
油脂の香りは、死者の元へと立ち上り、祈りをかなえてくれると信じられている。死者の霊魂は時折家に戻って入り口に立ち、自分を忘れずに思い出してくれるだろうかと眺めるという。死者のための食事が和やかに終わると、クルアーンが朗唱されて、アッラーの守護とともに、死者の霊魂による守護が祈られる。
中央アジアに古くからある霊魂の観念がイスラムと結びついて、カザフの死者儀礼は成り立っている。村人たちに日本の話をすると、精進料理を食べお酒を酌み交わして故人をしのぶことを不思議がる。その上で、形こそ違え、死者が満ち足りることこそが生者に豊かさをもたらすのだと語ってくれたことが、心に残り続けている。
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