国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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(6)エチオピアの刺青  2015年2月26日刊行
川瀬慈(国立民族学博物館助教)

ネクサートゥを彫る様子=エチオピア・アムハラ州ゴンダールで2013年9月、筆者撮影

エチオピア北部の地域社会で、アムハラ人女性が、顔や首、手の甲などに施す刺青(いれずみ)をネクサートゥと呼ぶ。十字架をモチーフにした図柄が多い。ネクサートゥは、エチオピア北部において最も多くの信者を擁し、人々の生活文化のなかで重要な位置を占めるキリスト教エチオピア正教会への信仰と帰属を示す重要な印なのである。

ネクサートゥを彫る職人は 、タイヤを焼き、その際発生する煤(すす)を水で溶かして、黒いインク状の液体をつくる。その液体であらかじめ皮膚に紋様を描く。そして、針、もしくは植物のとげを使い、皮膚の上にまるで点描画を描くように傷をつけて、色をしみこませていく。このときの痛みをやわらげるために、酒を飲む者もいる。

しかし、現在ネクサートゥは、衛生上の問題が指摘され、時代遅れの悪(あ)しき慣習として位置づけられている。おかげで、施す人が急激に減っている。都会では、ネクサートゥを持つ人を、いなか者と馬鹿にすることもある。

対照的に近頃、電動のタトゥーキットを駆使するタトゥーアーティストが急増している。彼らによって彫られるタトゥーが若者たちの間で広まりつつある。タトゥーのモチーフはやはり、エチオピア正教会にちなんだ十字架が多い。

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