旅・いろいろ地球人
先住民ホピの銀細工
- (4)作品に祈りを込める 2018年3月22日刊行
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伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)
降雨、豊穣、長寿、健康といった願いはワシが送り届けてくれる。2010年マール・ナモキ作=筆者撮影
米国先住民ホピ保留地での生活は忙しい。そこは観光地化されていない僻地だが、たびたび日本人に遭遇する。その多くはホピの作家を神聖視し、ゆるやかに過ぎゆく時間に身を委ねているに違いないと、暮らしぶりに思いを馳せる。見わたす限りの荒野、ゆっくりした話し方や純朴さ、丁寧な作りの美術工芸品がその思いを助長しがちだが、実際は多忙そのものだ。
銀細工師として30年近いキャリアを持つマール・ナモキさんは、1980年代末にギルドを修了し、必要な機材一式を手に入れてからは、自宅の一角の小さな作業台で作品を作っている。ホピの「工房」は、集中力を高め、自分の世界に浸るためのアーティストのアトリエのイメージからはほど遠い。飼い猫は走り回り、娘たちの笑い声が響く。親族やご近所のよき相談相手の妻には来客が絶えない。
農耕民である以上、創作活動だけに時間は使えない。春先から半年間ほどは広大な畑でのトウモロコシの世話がある。灌漑施設を設けない乾地農法のため、年間を通して雨雲を呼ぶ儀礼が続く。創作はその空き時間に行う。
デザインを起こした銀板を糸鋸で切り抜きながら、マールさんは儀礼歌を口ずさむそうだ。作物の成長や家族の幸せ、将来この作品を身につける人の長寿や健康を願う祈りが、作品に込められていく。
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