旅・いろいろ地球人
調査は想定外だらけ
- (1)血まみれの調査者 2020年6月6日刊行
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樫永真佐夫(国立民族学博物館教授)
行商人のバイク。かつて私が転倒したのは、おそらくこの坂=ベトナムのソンラー省で2012年11月12日、筆者撮影
24年前のベトナムで、黒タイ族の村における調査許可が下りたとき、外国人が1人で少数民族の村に住み込んだ前例はなかったから、私の胸は高鳴った。しかも悪路はるばる400キロを、都市部ではすでに時代遅れだが山岳部ではなお活躍中のミンスクという、すぐに壊れるが簡単に直せる旧ソ連のベラルーシ製バイクで走破する冒険のロマンチシズムにも心を奪われていた。
10月のある日、4日の旅程でハノイを出発した私だったが、2日目に峠道で雨に遭い、下りのカーブであえなく転倒した。バイクは操縦不能。とりあえず峠の頂きにあった一軒家まで押して戻った。玄関先から声をかけバイクの修理について尋ねたが、家人の男はあっけにとられながら私の右足を見つめている。やっと気づいた。右膝から下がぬれているのは雨のせいではない。血まみれではないか。
男のバイクで私はザオ族の村にある療養所に運ばれた。野次馬たちも大集合。そこで私はいきなり男たちに羽交い締めにされた。始まったのは、破れた皮や肉をハサミで除去しオキシドールをぶっかける荒療治。そのあと峠の一軒家に戻り軒の雨だれを眺めていると、夕刻バスが通りかかった。壊れたバイクごと積んでもらい、翌日目的地にたどり着いた。しかし運転手にはぼったくられ、私の身と心はズタズタだった。
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