旅・いろいろ地球人
調査は想定外だらけ
- (2)公安との友情の行方 2020年6月13日刊行
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樫永真佐夫(国立民族学博物館教授)
吊り橋の上で出会った黒タイ族の子どもたち=ディエンビエン省で1997年11月23日、筆者撮影
ベトナムで文化人類学の調査をするのは難しい。人類学者の情報がベトナム戦争で米軍に利用された苦い経験もあって、外国人研究者に対する警戒は根強い。当然、少数民族の黒タイ族の風俗習慣を深く理解したいという私の思いなど地元公安もはかりかね、私は厳しく監督されていた。だから週に1度は役場への報告義務があったし、担当の公安もたびたび聴取に来た。
とはいえ聴取は厳粛ではなかった。いつどこで誰に会ったかなどを少し聞かれる以外は世間話である。それに担当者は家族や友人を紹介もしてくれたから、公安の知り合いも他に増えた。
そんなことから一人の黒タイ族の公安と親しくなった。彼は私の研究にも興味を持ち、ある週末、実家に遊びに行こうと誘ってくれた。父が祈祷師で黒タイ文字も読めるほどの知識人なのだという。私は喜んで彼に従い、広い田地を前にして石灰岩の奇岩怪石に囲まれた風光明媚な村に赴き、ご飯をごちそうになり、親族や儀礼の話を聞き、化け物がすむと恐れられる洞窟を村の少年たちと探検して楽しく過ごした。
その数日後、担当者が聴取に来た。まさに取り調べの顔つきだ。私は調査許可を得ていない村に行ったことを叱責された。後に、私を村の実家に招いてくれた公安が他の町に転属されたことを知って申し訳なかった。
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