旅・いろいろ地球人
宗教とアルコール
- (5)酒には溺れない 2010年3月3日刊行
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三島禎子(民族社会研究部准教授)
茶を楽しむ昼下がり酔っ払いがいない夜の街はとても健全だ。人を誘惑する怪しい世界の翳(かげ)りというものが極端にまで感じられない。もっともどこに行っても、私自身にその類のアンテナがないだけかもしれないが、ともかく街からお酒を排除したらどうなるか想像してもらいたい。酒の周辺世界までもが影をひそめてしまうのである。
西アフリカのムスリムは原理主義ではないが、酒に関してはイスラームの教えを厳格に守っている人が多い。もちろん酒に溺(おぼ)れる人もいるだろうが、総じていえば街には酔っ払いがいない。いたとしても目立たないようにする社会の仕組みがある。農村にいけばなおさらである。
われわれが生きる世界にはさまざまな誘惑がある。何かから逃避したいがために、何かに耽溺(たんでき)してしまうこともある。それは個人の病であると同時に社会の病巣となる。酒を嗜(たしな)まない西アフリカの人びとも、茶を飲んだり、ゲームに興じたりして楽しむが、何かに耽溺するということはない。宗教の影響力か。あるいはそういう影響下にある社会の包容力か。単純には説明がつかないものの、ある種の否定的思考回路が遮断されるようで、すがすがしい気分になる。シリーズの他のコラムを読む
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