国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

マレーシア(3) 『毎日小学生新聞』掲載 2016年11月5日刊行
信田敏宏(国立民族学博物館教授)
「森の民」が平和に暮らせる理由

神秘的な力があるとされる短剣「クリス」を清めるバティン(中央)

マレー半島に暮らす先住民、オラン・アスリ。森の奥で狩猟採集をしながら暮らしてきた彼らは、マレー人から「森の民」と呼ばれてきました。森に生きる彼らが最も大事にしているのは「アダット」という慣習です。年長者に対する態度はどうあるべきか、どのような相手と結婚すべきかなど、生活の細部にわたるルールはアダットによって決められています。

このアダットを担うのが、バティンという村のリーダーです。私が20年前に調査した時のバティンは、7人の妻と33人の子どもがいました。村でもめごとが起きると、バティンが裁判官の役割を果たし、アダットに従って事をおさめますし、村びとが亡くなると、バティンが財産相続の仕方を決めます。バティンの決定は絶対であり、村びとはみな彼に従っていました。

 

イノシシを解体するオラン・アスリ。肉は平等に分配します

彼と話す時、彼の口の中はいつも真っ赤に染まっていました。ベテル・チューイングといって、石灰をぬったキンマの葉で包んだビンロウの実をかんでいたからです。村びとは病気になると呪術師でもあるバティンのところへ行き、呪文が唱えられた白湯(単なる水が呪文によって薬になります)をもらっていました。また、鹿の舌、木の根、薬草などで作られた塗り薬も付けてもらっていました。


バティン(中央)が薬を作っています

バティンの父親は華人で、第二次世界大戦のさなか、日本軍に殺されてしまいました。それでも、彼は日本人である私にいつも優しく接する、心温かい人でした。数年前に亡くなりましたが、今でも村びとから尊敬されています。

 

一口メモ

ベテル・チューイングの習慣はインドから東南アジア、オセアニアにまで広がります。かんでいると、爽快感があり、軽く酔います。

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