一年で一番楽しいクリスマス。子供たちはプレゼントを楽しみに目覚め、大人たちはご馳走(ちそう)への期待に胸を膨らませる。そんな時期に、流血の惨事を迎えた。
第二次世界大戦後のルーマニアを支配し続けた社会主義体制だが、そのなかでも最悪の独裁政治をもたらしたのはチャウシェスクだった。ライバルを粛清し、網の目の秘密警察の情報網で人々を管理し、自分はひとり贅沢(ぜいたく)にふけった。息詰まる生活の中で未来への期待も失せ、毎日の食を確保するだけが課題となるような生活だった。そこには変革への希望はなかった。
しかし地方都市ティミショアラで市民が殺害された惨事で事態は一変する。チャウシェスク自身が主催した大集会は、目論見(もくろみ)とは異なってチャウシェスクへの罵倒(ばとう)の場となったのだ。動転し言葉を失うチャウシェスクの姿は、独裁者の全能神話を打ち砕いた。数日後、激しい市街戦の果てにチャウシェスクは捕らえられ、即決軍事裁判で処刑された。
自由という甘美なる言葉。人々は革命の日を狂喜乱舞して迎えた。しかし、現在の貧富の格差は社会主義的平等への郷愁を生んでいる。自由は誰にとっての自由なのか、考えさせられる一日である。
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