旅・いろいろ地球人
伝統と電灯
- (1)社会主義的近代化とは 2012年3月8日刊行
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新免光比呂(国立民族学博物館准教授)
農村には不釣合いな冷凍庫ルーマニアのチャウシェスク政権時代には、いろいろなものが欠乏していた。電気もその一つである。そのためテレビがかなり普及していたのにもかかわらず、肝心の放送時間が限られていた。
もっとも足りないのは電気ではなく自由であり、番組の中身だったかもしれない。番組は、チャウシェスクの演説や海外を訪問した映像、伝統音楽や歌謡ばかりだったのだ。それでも人々がよくテレビをみていたのは、それだけ娯楽がなかったからだろう。
国内の電化はルーマニアの社会主義的近代化の成果である。独裁政権は近代化と称して農業の集団化、産業の重工業化を進めた。ついでに避妊を禁止してまで労働人口の増加を図った。だが、残されたのは多くのエイズの子供たちと国民の飢餓だった。
この近代化を称(たた)える者は近代化を象徴する電気と引き替えに何を失ったのか考えるべきだが、他方で社会主義の非効率、非生産性をとらえて我々がただあざ笑うのも問題だろう。
戦後の日本は豊かな生活を夢見て効率性を追求し、経済大国となった。だが、それと引き換えのように福島原発事故で豊かな環境を失った。我々はルーマニアの近代化を笑うことができるだろうか。
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