旅・いろいろ地球人
悪人、悪玉
- (6)震災の夜に 2014年3月20日刊行
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竹沢尚一郎(国立民族学博物館教授)
津波で破壊された大槌消防分室=2011年4月、筆者撮影東日本大震災の直後から被災地に通っている。津波で役場が倒壊し、消防署も警察署も破壊された岩手県大槌町の集落では、生活と生命を守ったのは人びとの自助努力だけであった。極限の状況だっただけに、彼らの話に登場する悪人も善人も極限の姿をしていた。
Hさんは津波の直後に破壊された自宅に戻った。金庫を確認したが、ひとりで避難所まで運ぶには重すぎる。がれきの下に隠したが、翌朝には無くなっていた。漆黒の闇の中を、誰が運んでいったのか。いまだに謎である。
Mさんは高齢者。津波の直後に自宅にたたずんでいると、「お助けします」という札を掲げた男が近づいてきた。子供や親戚にメールで安否を伝えてくれるという。親切な人がいるものだと思ったら、銀行口座を教えてくれれば引き出し可能か調べてあげますよ、と言い出す始末だった。
あまりに盗難や不審事がつづくので、消防団が夜回りを開始した。真っ暗な闇の中を、半鐘を鳴らしながら車で回ったが、相手はどんな凶器をもっているかわからない。それに、指輪をとるのだろう。死者の多くが左手の指を切りとられていたという話を彼らの多くが語っていた。
私たちは秩序の存在を当然視している。しかしそれがいかにもろいものか。たまには考えることも必要かもしれない。
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