旅・いろいろ地球人
悪人、悪玉
- (8)呉鳳という伝説 2014年4月3日刊行
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野林厚志(国立民族学博物館教授)
呉鳳を祀る廟(びょう)。額の「舎生取義」は命を犠牲にして正義を守るという意味=台湾・阿里山で2000年7月、筆者撮影清朝時代の台湾。呉鳳(ごほう)という情けの深い役人が阿里山にいた。呉鳳は阿里山近辺に住む原住民族のツォウの人たちと親交深く、彼らに首狩りの風習をやめさせるため、「山道を通る赤いマントを着た者を最後の犠牲者に以後は首狩りをやめる」と約束させた。果たして赤いマントを着た者が通り、ツォウの人たちがその首を狩ったところ、それは呉鳳自身であった。以来、ツォウの人たちは改心し首狩りをやめた。
戦前の日本の尋常小学校の教科書に掲載され、中華民国でも小学校の教科書を通して台湾の人たちに教え込まれた呉鳳伝説である。呉鳳は自らを犠牲にしてツォウの人たちに命の尊さを教えた。そのためかツォウの人たちは呉鳳を神として祀(まつ)るようになったという。さらにこの地域には呉鳳郷という行政区分名までもつけられた。
ところが、歴史を丹念に追うと、この伝説は全く根拠の無いフィクションであった。それどころか、呉鳳は実はずる賢い小商人で、ツォウの人たちからはずいぶん嫌われていた。そのため、そんな不名誉な者にちなむ地名は不要と、1989年に阿里山郷と改称された。ときは、ちょうど台湾のオーストロネシア系先住民族の人々の権利と尊重をもとめた「原住民運動」が軌道に乗り始めたころである。
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