民族学者の仕事場:Vol.1 佐藤浩司―屋根裏の空間
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佐藤 中国はまだ行ったことがありません。実際に調査したのは東南アジアの大陸部まで。南中国は歴史的に東南アジアと関係がふかいので、歴史史料には注目しています。建築構造にはいくつかのタイプがあるんですよ。それを考えてゆくと、日本から南中国や東南アジアまですべての建築について、系統をたてることができる。東南アジアの高床というのは基本的に穀物倉から発展したものであるということがよくわかります。
※写真 インドネシア・スンバ島 家屋の外観と内部 1987
おもしろい話があります。インドネシアで家屋の調査をしていて屋根裏に入れてくれないことがとても多かったんです。インドネシアの民家は屋根建築と言われるくらい屋根が独特です。だから、どうしても屋根裏にはいって、その建築構造を見たいわけです。しかし、屋根裏は神聖だからダメって言われることがとても多かった。民族ごとに次々と家の形が違うのに、屋根裏はダメという点だけはどこでも一緒だったんです。今はゆるしてあげるけれど、ほんとうはダメなんだよとか。それで、ボントックで屋根裏を使わずに床下に住んでいたことを思い出しました。屋根裏はとても神聖で、本来立ち入ってはいけない空間なんです。例えば、尖った屋根のスンバ島の家では、屋根裏に先祖代々伝わる祖霊の依代にあたる物があるんです。それを儀礼の時にかぎって床下におろして、供犠した豚の血で浄めたりするわけですが、その時以外、屋根裏にはいってはいけないことになっている。万一この禁忌をおかすと、豚を供犠したりして償いをしなければならない。もちろん、屋根裏をのぞかないと調査にならないので、いろいろ画策はしますけどねえ(笑)。拒否の理由もさまざまで、本当に伝統的な宗教を信じていることもあれば、暗に金銭を要求しているだけのこともある。一般の人類学者と違って、ひとつの村に固執しなくてもいいからケンカして帰っちゃったこともあるし・・・。それで、他にいい家が見つからなくて、あとで後悔したり・・・。調査してあげているんだという気持ちが私にはあって、君たちのなくなる文化を、私が記録に残してあげるんだから、というぐらいの心構えで調査に行くことにしています。人類学者のモラリティの議論とはまるで違いますが、ちょうどお医者さんが患者を診るのに近い感覚かもしれません。
※写真左 レリーフに描かれた穀倉 ボロドゥール 1991 / 写真右 インドネシア/スラウェシ島 トラジャ 1991
佐藤 歴史史料がないからあまり古いことはわからないんですけど、例えば、ボロブドゥールのような石造の遺跡にはレリーフが彫られていますよね。レリーフには当時の生活状況が反映されているので、ボロブドゥールは8、9世紀に建造されたものですけど、レリーフのなかに高床の穀倉が出てきたりするんですよ。その穀倉の建築構造は、現在のトラジャの建築構造に似ているとか。あるいはトラジャの船のような屋根の形は、紀元前数世紀のドンソン文化(東南アジアの青銅器文化)の銅鼓に描かれた絵にそっくりだとか。だから、船型屋根の形態は紀元前後からあったんだろうとか、そのくらいの話はできます。
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- 【目次】 dd> イントロ|住まいの調査手法|住まいの原型|フィリピン・ルソン島の民家と日本の古代住居|調査作業|屋根裏の空間|水上生活者バジャウと狩猟採集民プナン|何のための住居|住居に向けられたエネルギー|マイホームの共同研究会|消費財としての住居|巣としての住居|空間と人間関係|ホームレス|住居と記憶|四冊の本|重みを失う空間|