旅・いろいろ地球人
伝統と電灯
- (5)電気のない島の電気 2012年4月5日刊行
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白川千尋(国立民族学博物館准教授)
島のラジオ(右奥)=筆者撮影以前、南太平洋のバヌアツの離島で暮らしたことがある。首都には火力発電所でつくられた電気が来ていたが、島には来ていなかった。必然的にテレビやパソコンなどをもつ者はほとんどおらず、夜になると家々には灯油ランプの灯りだけがぼんやりと灯(とも)った。しかし、その小さな明かりも、灯油が貴重なため、冠婚葬祭でもないかぎり灯り続けることはなく、夜10時ともなれば島は闇につつまれた。ただ、闇が深いぶん、満天に輝く星たちの美しさと鮮やかさもまた際立っており、その間を光の点となった人工衛星が静かに横切ってゆくさまさえ目にすることができた。
島に着いたのは阪神淡路大震災の数ヶ月後だったが、到着後早々に人々からこの大災害のことについて聞かれたのには驚いた。テレビやインターネットがなく、携帯電話も普及していなかったが、彼らは震災のことをほぼリアルタイムで知っていたのだ。
その情報源は乾電池式のラジオであった。人々は国内外の情報を、ラジオのニュース番組を通じて得ていたのだった。電気が来ていないとはいえ、島は電気とまったく無縁な世界ではなかった。小さな乾電池のつくりだすわずかな電気が、人々と島の外の世界をつないでいたのである。
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