国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.1 佐藤浩司― 水上生活者バジャウと狩猟採集民プナン

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─ 東南アジアでは水上生活者の調査もしたそうですが?
 
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※写真 マレーシア・サバ州バジャウ 家船の外観と内部 1994
佐藤 マレーシアのバジャウです。民博の資料収集で家船を購入した際に簡単な現地調査をしました。家船の生活には、私たちの住宅観を揺るがすだけのインパクトがあると思っています。彼らは生まれてから死ぬまでの生涯を家船のなかでおくります。家船はまるで核家族のためのカプセル住宅そのものですね。そうしたユニットが土地から切り離されて離合集散することで集落が生まれる。これはメタボリズムのような近代建築の理念そのものです。

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写真 マレーシア・サラワク州プナン 出作り小屋 1992
※写真をクリックするとスライドショーをご覧いただけます。


─ インドネシアの内陸から水上生活者の調査にうつると、家族関係や人間関係の違いなどももちろんあるわけだろうから、興味が少し人間の方にシフトするということはあったんではないですか?
佐藤 家船の前におなじボルネオのプナンという狩猟採集民の調査をやっているんです。今はマレーシア政府によって定住させられている人たちでしたが、定住していても、たいていの者が狩猟採集の生活をつづけていました。ほかに生業がないので。それで、一緒に森にはいって出作り小屋をつくってもらったりした。それまで農耕民の家ばかり調査してきたので、プナンの家を見ていて、なんていさぎよいのだろうと思いましたね。農耕民の家には、禁忌の空間があったり、男女の別があったり、いろいろと知っておかねばならない規則が多いのですよ。ところが、プナンの家にはそれがなかった。だからといって、粗末な小屋だからどうでもよいのかといえば、そういうわけでもないのです。人の死とか誕生といった事件は家のなかから巧妙に排除されている。出産の際は、家の外にわざわざ産小屋をつくったり、それが無理なら床下を使うし、人が死んだ場合には、集落ごと別の場所に移動してしまうんです。彼らがつくる家は、ほんとうに彼ら自身の人間的な生活のためにある。そう考えると、プナンの家は現代の日本の住宅にすごく近いものがある。現代住宅には、得体の知れない神聖な空間なんてないですし、誕生も死も病院という場所に移されていますからね。インドネシアの農耕民は、100年、200年もつ立派な家を建てるけれど、そのために死んだ祖先を受け入れながら、無理して同じ場所に住みつづけるわけですよ。彼らにとって、家の主人は屋根裏にいる祖先のほうで、人間はその下を間借りしているような存在なのです。家屋に窓がなくて暗くても、風通しが悪くても、それでもじっと我慢して住んでいられるのは、快適さの概念がちがうからではなくて、きっと祖先の方が重要だからにちがいない。そのことにはじめて気がついた。
 結局、定住農耕民の家というのは人間が住むために作られているわけじゃないのです。ある意味で家という制度を維持するために汲々(きゅうきゅう)として暮らしている。人が死んでも農地を捨てて移動することはできないし、儀礼をおこない、死者の霊を受け入れることで住みつづけている。移動していれば自然と解決されるであろう問題をすべて引き受けながら。
 現代人の多くは都市に住むサラリーマンですから、基本的には移動の民なんですけれども、私たちはなんとなく家が永遠につづくと考えて、定住民のような感性で暮らしている。現在、日本の住文化の抱える大きな矛盾はそこにあるのでしょう。ところが、韓国で調査をはじめて、韓国の都市生活者が頻繁に移動することを知ってさらに驚いた。2年半に1回移動するという報告があるくらいですから。
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※写真 韓国 終の住処(お墓) 2000
─ 移動するというのは住まいを変えるということですか?
佐藤 はい、不動産のシステムが日本とは違っていることもあるけれど・・・。入居時に一括してお金を預けることで家賃のいらない伝貰という方法があるんですよ。この契約期間が2年間のことが多かった。もっとも、家を購入しても、よりよい条件を求めて意外と気楽に動いているようです。今回調査した家族も、購入したアパートを売って、より広いアパートへの引っ越しを考えていた。結局、実現しなかったんだけど。なぜ韓国の都市生活者が物理的な家にあまり執着しないでいられるかと言えば、彼らにとって、終の住処は都会の家じゃなく田舎の墓だからです。それで、死ぬときは、家はまあどうでもいいから、田舎の墓に帰りたい、と。それから、もうひとつの理由は、家よりも家族や親族といった人間関係のほうが伝統的に重要視されていたということでしょう。その結果、韓国の都市では、移動の民として矛盾のない生き方ができる。
 

【目次】
イントロ住まいの調査手法住まいの原型フィリピン・ルソン島の民家と日本の古代住居調査作業屋根裏の空間水上生活者バジャウと狩猟採集民プナン何のための住居住居に向けられたエネルギーマイホームの共同研究会消費財としての住居巣としての住居空間と人間関係ホームレス住居と記憶四冊の本重みを失う空間