国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

特別展「マンダラ ─ チベット・ネパールの仏たち」

カトマンドゥ盆地におけるマンダラとしての壺
吉崎 一美吉崎 一美
さまざまな壺
ネパールはヒマラヤ山脈をはさんでチベット仏教文化圏の最南端に位置するとともに、歴史的にはインド仏教文化圏の北限でもありました。カトマンドゥ盆地は現在のネパール王国の中心地として知られますが、そもそものネパールとはこのカトマンドゥ盆地を意味していました。この盆地に住むネワール族の人々は、インドではもはや消滅してしまった仏教の伝統を伝え残しています。
壺の儀礼をするネパール仏教僧侶
1.壺の儀礼をするネパール仏教僧侶
ネパール仏教(ネワール仏教とも呼ばれます)の僧侶たちが行う儀礼の基本をカラシャ・プジャ(壺の礼拝儀礼)といいます。カラシャは金属製の小さな水入れの壺であり、その中に聖なる川から汲んできた水を満たします。儀礼規則にいっそう忠実な時には、ミニチュアの傘を挿すこともあります。壺の口には、生米を盛った土製の小皿に硬貨やビンロウジの実をのせ、蓋をします。こうして僧侶はこれから始める儀礼に必要とされる仏を壺の中に招き寄せます。それが完了すると、今度は壺の上に五色の糸を結びつけた金剛杵をのせます。招き寄せられた仏はこの糸を通して僧侶と一体化し、僧侶は仏の代理者となって信者の願い事をかなえようとします(写真1)
ネパールの仏教寺院
2.ネパールの仏教寺院
この関係は、仏教寺院の屋根にある壺形の飾り(ガジュールという)と、そこから垂れ下がる一本の帯状金属板にも見て取れます(写真2)。仏はガジュールに宿り、帯状金属板を通路として降臨します。本堂に参拝する者にとって、その帯状金属板は仏の世界に向かうハシゴになります。同じ原理は寺院の平面構成にも応用されています。寺院の建物に囲まれたほぼ正方形の閉鎖的な中庭と、外から境内に入るための狭い入り口は、壺の断面図を基本にしています。寺院の立体構造も壺の内部空間を表現しています。高くて厚いレンガの壁に囲まれた中庭から上空を見上げれば、それはすぐに実感できるでしょう。
スヴァヤンブーの大仏塔
3.スヴァヤンブーの大仏塔
カトマンドゥ市やパタン市、バクタプル市などの旧市街も、かつては同様の城壁に囲まれていました。これも都市そのものが壺の内部空間を意図していたからです。カトマンドゥ市を囲んでいた城壁を地図上でたどれば、そこにも壺の形が浮かび上がってきます。
仏塔のドームとその上にのる立方体を眺めると、そこにも壺の形があります。その上方にそびえる十三段の傘は、儀礼の壺に挿して尊敬の気持ちを表現した傘に一致します。仏塔の先端から伸びる飾りひもは仏の通路です(写真3)