国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

特別展「マンダラ ─ チベット・ネパールの仏たち」

カトマンドゥ盆地におけるマンダラとしての壺
吉崎 一美吉崎 一美
壺の入れ子構造
スヴァヤンブーの出現と盆地を切り裂く文殊菩薩
4.スヴァヤンブーの出現と
 盆地を切り裂く文殊菩薩
スヴァヤンブーの大仏塔がカトマンドゥ盆地に出現する物語は、以上のようなさまざまな造形の理念を神話的に表現しています。その昔、盆地は満々と水をたたえた湖でしたが、ある時その水面から伸びた蓮華の花の上に、こつ然とスヴァヤンブーが輝く光となって出現しました。文殊菩薩はそれを礼拝しようとして湖の一角を切り開き、湖水を盆地の外に流し出しました(写真4)。こうして湖底は干上がり、現在のような肥沃な土地が出来上がりました。ここでカトマンドゥ盆地は一個の天然の巨大な壺になったのです。スヴァヤンブーはこの壺に最初に宿った神聖な存在です。カトマンドゥ盆地はいわば壺中天であり、そこに住む人々は壺の中で暮らしていることになります。このスヴァヤンブーの大仏塔をモデルにして、カトマンドゥ盆地には三千あまりの小仏塔が作られてきています。そしてそれらは十万の数にまで増殖して盆地を埋め尽くそうとしています。
以上に挙げた諸例を、それらが持つ壺のスケールによって順に大から小へと並べれば次のようになります。
カトマンドゥ盆地 > 旧市街を囲んでいた城壁 > 仏教寺院 > 仏塔(スヴァヤ ンブーの大仏塔 > 約三千の小仏塔)> ガジュール、ならびに儀礼の壺などこのうち約三千の小仏塔は「小さな仏教寺院」とも呼ばれますので、大小の相互関係はスヴァヤンブーの大仏塔と仏教寺院との間で二重に設定されていることになります。またカトマンドゥ盆地よりも大きなスケールの壺として、仏教の世界観でいう<器世界>の概念があります。それは全世界を一個の容器とみなしています。
壺はこれらの大小を比較する基準です。壺の大きさを基準にして、それらは相互に入れ子の関係にあります。儀礼の壺はカトマンドゥ盆地が作り出した天然の壺の中にすっぽりと収められ、三千あまりの小仏塔はスヴァヤンブーの大仏塔が作る壺に入ってしまいました。そしてこれら無数の壺のすべては、最終的に理論上で唯一個の壺に集約されます。先の「全世界」も、実は先の壺の儀礼では、壺にのせられた土製の小皿で象徴されています。小皿に盛られた生米は大地を、ビンロウジの実は空間を、硬貨は人間の営みを表すとされます。最大の壺がここでは極小のレベルに圧縮され、仏へのお供えとなるのです。