国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 15.夏草やつわものどもが夢の跡

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』

15.夏草やつわものどもが夢の跡
 黒タイには以下のような言い回しがあります。

  ボー・ボンの泉の水を飲めば力がみなぎる。
  ボー・バーンの泉の水を飲めば勇敢になる。
  ボー・タ・ヴァーの泉の水を飲めば悪人を斬らずにいられない。

写真
 上の3つの泉は、みなムオン・ムアッにあります。ムオン・ムアッの人の勇猛果敢な気質を、ムオン・ムアッの泉の清冽さに結びつけて、黒タイの人たちはこんな風に述べてきたのです。
 ムオン・ムアッは20世紀初頭、黒タイ首長カム・オアイのもとで権勢を誇り、シプソンチャウタイという現在の西北地方の広い地域を政治的に統合しました。まだ現在の西北地方がベトナムになる前の話です。
 今のマイソン県の中心部は、かつてのムオン・ムアッの中心とまったく別の場所にあります。かつてカム・オアイの館があったところにたたずんでいると、老人たちが通りかかりました。そこで「ここに碑文が史跡として残っているはずですよね」と聞くと、「岩山の下にあるよ。」と教えてくれました。それから「ここがシプソンチャウタイの中心で、ターイの王カム・オアイ公がいたところだよ」と胸を張って付け足しました。
写真
 かつて館があったところの向かいには、今も「ムオンの池」が残っています。この「ムオンの池」には、黒タイがあがめる龍がすむということになっていて、ムオン(くに)の精霊をまつる儀礼を行う聖なる場所であったはずですが、今は養魚なんかもしているふつうの池です。時代も意識も変わったのです。かつてカム・オアイの館があったところにも、今は小さい家が数件建つばかりで、しげり残った夏草に風がそよぎ、虫が鳴いていました。
 
[2002年10月]
ハノイの異邦人インデックス
1011121314|15|161718192021222324
25262728293031323334