国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 21.食卓のあたたかさ

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』

21.食卓のあたたかさ
 黒タイの村でひとの家を訪ねると、たいがいそこで食事にまねかれます。そういうとき、そこの家族がごちそうを用意してくれます。
 ムオン・ムオイなどではよくコイの刺身をごちそうになります。バナナの花や落花生を刻み、調味料と混ぜます。味はいいのですが、ちょっと怖いのであんまりたくさんは食べられません。肉をミンチにして刻んだ香菜と一緒に葉っぱにくるみ、囲炉裏であぶったものは大好きです。それをモチ米でおにぎりにして食べたらほっぺたが落ちます。
 
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 やはり、ぼくにとって最大のごちそうはモチ米です。囲炉裏で米が蒸しあがると、それを大きなまな板の上に広げて、蒸気をとばします。その香りがたまりません。ムオン・クアイの村で宴会を開くときには、空きっ腹に酒を入れると悪酔いするからと言って、いつも家族の人たちが蒸し上がったばかりの米を先にたらふく食べさせてくれたものです。というのも、ぼくにとってつらいことに、宴会には酒はつきものなのです。黒タイはふつう、米やキャッサバでつくった30度から40度くらいの蒸留酒を飲みます。
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 もちろん食事には作法があります。宴会のとき、上座には杯が2つならべられます。その杯につがれた酒は、その家の精霊と客人の精霊をもてなすもので、人が飲むものではありません。そしてその杯の前には、トウガラシと塩をのせた皿、調理したニワトリや鶏卵などをのせた皿をおきます。これらは宴会の主催者が指揮をとって食べるものです。
 席次も決まっています。精霊の2杯の酒の左右に家の主人と主賓が座ります。そして年長者ほどその近くに座ります。女性が同席する場合は、その家の台所に近い側半分に女性、祭壇に近い側半分が男性と決まっています。ムコと若い男女がいちばん地位が低く、いちばん上座からとおい位置に座ります。そして彼らは年長者への気遣いに徹します。よけいなおしゃべりも禁物です。
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 さて宴会は、まず主催者によるお祝いと歓迎のことばではじまります。すぐに主賓や年長者がそれにこたえて祝福し、それから乾杯します。乾杯しながらの最初の2杯は、飲み干さないといけません。あとは歓談しながら、盛り上がったときには乾杯しあいます。ぼくは下戸なので、乾杯のたびにお酒をこっそり飲みこぼしたりしながら、酔いすぎないよう気を配り、内心はひたすらご飯が出るのを待っています。野菜やスープは自由にとって食べていいですが、肉は年長者に気を配りながら食べます。だいぶ酒が回ってくると、ようやくご飯が出てきます。待ちに待った瞬間がそのときです。ご飯がきたところで全員そろって杯を干し、ようやくふつうの食事です。あとはお腹がいっぱいになった者から、挨拶して退席してかまいません。
 宴会のとき、子どもや若い奥さんなどは、囲炉裏の傍らでひっそりと食事しているものです。主人に招かれると、主人と主賓のところに来て、若い奥さんも乾杯しますが、ほとんど酒を強制されません。ぼくは飲めない酒を飲みながら、囲炉裏端の家人たちを、宴席からいつもうらやみます。いくら宴会でごちそうになるよりも、老人も子どもも頭と頭がくっつくくらいになって、あたたかいうちに食事をするのが、ぼくにとって本当は嬉しいのです。
 
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[2002年11月]
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