樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 14.モチモチのおまんまが食べたい!
14.モチモチのおまんまが食べたい!
山地にはおいしいものがいっぱいあります。肉も野菜もより自然に近くて素材がいいのでしょう。でもそればかりではありません。なんでも油でギトギトに炒めるような料理と違い、黒タイや白タイの食事は、蒸したり、焼いたり、あぶったり、ゆでたりして素材の味を生かすのです。しかも季節ごとの食材も豊富です。
9月、10月頃には、ペンのような形のタケノコをソンラーの黒タイはよく食べます。これをゆでて、塩、山椒、ゴマ、落花生、ニンニクなどをすりあわせたものにつけて食べると、もうたまりません。下痢するほど食べてしまいます。
ソンラーの食堂にはドジョウもありました。これは揚げたものですが、これも泥臭くなくておいしかったものです。
川の幸と言えば、ある清流がくねって淵をなしているところで、黒タイの男性が水の底をなにやらあさっています。やはりノリでした。
黒タイはノリを2つに区別しています。一つはタウという澄んだ静水に生えるノリで、もう一つはカイという流水に生えるノリです。ラオスのルアンパバンではこのカイに、ゴマ、唐辛子、スライスした野菜などをつけ干して食べますが、黒タイはノリを干して食べることはないようです。だいたいスープに入れたり、煮たりして食べます。11月、12月頃になって水量が減り、水の透明度が増してきた頃がカイの旬です。今回はちょっと早すぎました。
タイ系民族の人たちは、昆虫もよく食べます。収穫のときになると、イナゴを捕って食べます。ちょうど、マイチャウに行ったときも、収穫中の田圃のまわりを、白タイの村の人が大きな網を振り回してイナゴを捕っていました。これは、足と羽を取り除き、炒めたりして食べるのです。今年10月の収穫は、ベトナムの西北地方の広い地域で米がイナゴにやられていました。ぼくも昆虫は、蚕の幼虫、バッタ、カブトムシ、カメムシ、竹虫、コオロギ、ヤゴ、蜂の子などなど、いろいろ食べました。とくに好きではありませんが、でも特別まずい昆虫というのもあまり食べたことがありません。
でもやはりぼくがいちばん好きなのは、かつての黒タイ、白タイの主食であるモチ米ですね。かつての、というのは、黒タイの地域などがベトナムになって以来、農業政策などで、モチ米からうるち米に生産が切り替わり、食も変化したのです。モチ米を握り、中に囲炉裏で焼いた肉や魚を包んでおにぎりにして食べるのが、ぼくの大好物です。村の人たちは、研究だとか言って村の中をウロウロしているけれど、あいつは本当はモチ米が食べたくて村にいるだけだと思っているかもしれません。じっさい村の人たちは、下戸なぼくをお酒で誘ってもダメなことはわかっているので、うまいモチ米があると言って誘いに来るものです。また黒タイの村では、蒸したモチ米を竹で編んだ籠につめて、食べます。あの趣がまたぼくの心を捉えてはなさないのかもしれません。
ぼくが調査している村の家族は、ぼくが出発するときには、モチ米を蒸して大きな葉っぱに包んでおにぎりにして持たしてくれます。いつもぼくは峠の上なんかで葉っぱのひごをとき、村のことを懐かしみながら頬張ります。今年はイナゴの害で不作だったのに、少ない米をわざわざ包んでくれるなんて、ありがたいものです。
[2002年10月]